AI黎明期におけるコミュニケーション
猫も杓子もAI、AIと話す時代。朝から晩まで、どのモデルが良いだの悪いだのという益体もない話が全世界を席巻している。
通勤電車に乗ると、リーマンから学生まで、誰も彼もがAI(厳密にはLLM)について話しているのを耳にする。本当に、聞かない日がないくらいである1。
かくいう私も、仕事・プライベートの両方でLLMを利用している。特に情報検索と翻訳の分野においては非常に便利かつ効率的だと感じているし、コーディングや文の校閲、アイデア出し等についても、しっかり中身を把握・管理している限りにおいては2有用だとも感じる。
LLM自体はただのツールだ。乱暴に言えば、学習データのパターンを非可逆圧縮した「モデル」にプロンプトを与え、統計的に尤もらしい回答を算出する仕組みにすぎない。LLMを「電力の無駄遣い」だと嘲る人間もいるが、それを言うならあらゆる娯楽がそもそも無駄遣いである。過剰なデータセンターの建設はLLMを取り巻く「バブル」の問題であるし、LLMの悪用やらひどい使われ方も、ほとんどは黎明期ゆえに生じている混乱であると思っている。バブルの盛り上がり的には山の頂点……から、ようやく若干下がってきたところだろうか3。
電話ですら黎明期は罵詈雑言や無礼な使われ方が著しかったというし、LLMについても、数年もすれば必要な整理や規制は大方揃うことになるだろう。その上で、最終的にもたらされるのが禁止ではなく秩序であることは、もはや疑いようがない。


