一年の終わりと始まりに寄せて (2025年末〜2026年始)

あけましておめでとうございます。

一年の振り返りを年末に出そうと思いましたが、間に合わず。2026年の話も絡めて記事を書くことにしました。


初の年末の振り返り

仕事で「一年の振り返り」をするのはよくある話だと思うのだが、そういえば、このサイトでは初の試みであることに気がついた。

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最近の人生について(2024年)

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人生と夏、来たる30代を見据えて

社会人になったのが2021年のこと。上京と初めての一人暮らしでドギマギしながらの新生活に揉まれ、会社の同期や先輩・後輩社員の方々にも恵まれた勤労を甘受しているうちに、気がつけば月日が経過していた。

それが私の人生においてどれくらいのインパクトであったかは、このブログの直近三年くらいを見返していただけるとお分かりいただけると思う。大学(院)を卒業した2021年春以降、急速に更新が衰えていたのがなぜかは言うまでもない。
とはいえ、最初の一年はなんだかんだ余裕があった……というより、あらゆるものが刺激的すぎて、体や精神が疲れを感じなかったと言うべきか。一人暮らししてすぐの頃、カレーを作ろうとして指を切り落としかけたこと1。今なお残るコロナウイルスによる災害に「灯火管制」とも揶揄された外出制限2。記事にもしたが、初めて夜のお台場をドライブした時の興奮と感動3。緊急事態宣言解除後の開放感、初めてのヒトカラ、初めてのチーム飲み会、初めてのカーシェアリング。初めての、初めての……。

そうやって毎日を生きているうちに、二度、三度と年を跨いでいた。今や友人とのドライブは珍しくもなく、新鮮に思えた都会の夜景も、今となっては地を這うゴキブリやネズミの方に気を取られるくらいには陳腐になった。複雑怪奇でミステリアスだったはずの都心の路線も、今ではなんとなく把握できてしまっている。今や少しばかりの刺激よりかは、空調の効いた部屋で寝転ぶ方に気持ちが傾く有様だ4。

悪い成長に思い至りやすい一方、良き成長ももちろんあった。比較的些細なことについての神経質さは薄れて、ほんの少しだけ図太くなれた気がする。とはいえ相変わらずメンタルが豆腐なので、種類が絹から木綿に変わったくらいの感覚だが。

ともかく、こうした変化を以て「大人になったねえ」などと言い切ってしまって良いものか。人生そんなものだよと笑う自分もいれば、そう易々と言い訳に逃げるんじゃないよだなんて、冷ややかな目で制する自分もいる。

まあ、全てではないにせよ、かなりの部分が「大人」になってしまったのは事実だろう。これは悟りというよりかは、半ば諦めに近い。

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長距離ウォーキングずんだもん動画を作ってみた感想

唐突な長距離ウォーキングへの欲求

去る2023年の年末、私は、唐突に「歩きたい」という欲求に駆られました。
「散歩なんか普通だろ、とっととやれ」という感想を持たれた方も多いと思いますが、いやいや、そんなレベルの「歩きたい」ではなかったのです。より強力な、いわば「自分の限界を超えるくらいの長距離を歩きたい」という欲求でした。

なぜそんなことを思ったのか? それは、この世の中が余りにもしんどすぎるため1、いっそ限界を越えたらどうなるんだろう(見える世界が変わったりするんだろうか?)という知的好奇心によるものです。「どうせ生きているだけで心がキュッと絞られるようなことが多いし、もう握りつぶす勢いでやってみたらどうか」的なメンヘラ特有の精神ムーブ2であることは否めませんが、とにかく、生まれた衝動が冷めぬうちに仲間内からも参加者を募ったところ、無事に数人で長距離ウォーキングを決行することになりました。私と同様、友人らも人生への疲れと救済を求めていたのかもしれません。

この記事では、その計画から実行までの経緯と結果と、歩いている際の映像をずんだもん動画に編集した事例についてご紹介します。

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秋の夜、海沿い、ドライブ

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夜、ドライブに繰り出す

人間、ひょんなことから唐突に行動を起こすことがある。ゴミを踏んだのをきっかけに部屋全体の掃除を始めたり、不快なニュースの見出しを読んだのをきっかけにSNSで憂さ晴らしを始めたりするし、あるいは何の気なしにドライブに行きたいと友人へ言ったらとんとん拍子に話が進んですぐ行くことになったりもする。
今回の私はまさにこれだった。晩御飯を食べ終えた夕暮れに、ふと浮かんだドライブという言葉1。まあ断られるだろうなと思って友人Aに声をかけると、思っていた以上に反応がいい。さらに友人Bも巻き込んで(彼が車を出してくれることになった)、気が付けば品川駅東口に立っている自分がいた。
夜の街へ誘うキャッチの人々を横目に同乗者の友人を待つ。が、なかなかやってこない。暇なので、数日前まで話題になっていた回廊を眺めてみる。柱の上部に設置されている複数台のディスプレイから流れているのは天気予報や無難なものばかりで、一人たりとも画面へ注意を向けていない。まったく、どうでもいいものに対しては誰だって寛容でいられるものだ。

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大学生活の振り返り

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長いようで短かった6年間

去る金曜日に、6年間在籍していた大学を修士でようやく卒業しました。2年前の学士卒業の時は全く感慨を感じなかったのですが(そのまま院に上がったので当然と言えば当然)、今回は大学を去るためかそれなりに感じるものがありました。

学生生活を、ゆるく振り返ってみます。

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親切さと防衛機制

情けは人の為ならず

先日、D・カーネギー著の『人を動かす』という本を読みました。
内容をざっくり要約すると、相手を動かしたいなら批判を避けよ、親切になれ、相手の立場で物事を考えろ……というように、考えてみれば当たり前のことばかりが書かれています。
しかし、この本のよいところは、きちんと具体例(実際の事例)が記述してあるという点です。
読めば読むほど納得感が出てくる仕組みになっていて、読後は「明日から人には優しくしよう」という気持ちになれます。
親切は巡り巡って自分にとって利益になる。いわゆる『情けは人の為ならず』『取らんと欲する者は先ず与えよ』『三方よし』というやつですね。
私もこれらを理解していたつもりではありましたが、いざ『人を動かす』を読んで実際の事例に触れてみると、ますます他人へ優しくしようと思えてきたのです。感情論ではなく、明確な実利があるのですから。

これだけ読むと、そりゃあいい考えじゃないか、とっとと優しく生きていけよ、と思う方も多いと思います。
ただ、やはりと言うか、これがなかなか難しいのです。

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浮かんだ泡のように

橙色と泡

深い、深い青色の空に、橙色がヒビとなって広がっている。晴れた日の夕焼けは誰もが美しいと思うだろうけれど、僕はその夕焼けが終わる直前――橙色が消え始める頃の空が、一番好きだ。朝焼けも同様に好きになれるのだろうけれど、僕は早朝に目を覚ます性分ではないから、いつも夕焼けを目にしている。

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今日、就職先を決める

就職と子供心

就職活動も終わり、長かった大学生活も末端が見えてきた。モラトリアムは閉じて、人は地を蹴って進む。蝋で固めた翼を広げて、それが溶けぬ夜のうちに、月へ向けて飛び立たんとするのである。

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オープンソースという言葉の乱用についての不安

最近、特にオープンソースという言葉の乱用についてよく考えます。理由は単純で、その結果もたらされるFLOSSの未来が不安だから。

少し長いうえ、序盤から後半にかけての流れが冗長かもしれません。駄文かもしれませんが、自分の考えを整理するのも含め、一度自分の抱えている不安について書いてみます。


自由ソフトウェアの偉大さ

私は自由ソフトウェアの思想が好きです。私が物心ついた時には、用途問わず自由に利用できるライブラリやフレームワーク、ソフトウェアが既に多数ありました。さらに、プロプライエタリに匹敵、あるいは凌駕する偉大な自由ソフトウェアの数々を見てきました1。GNUのウェブサイトを読んで、素晴らしい思想だとも思いました2。
GPLを好んで使うかはともかくとして、少なくとも、誰であっても差別なく自由に再配布、改造、組み込み、利用できるソフトウェアというのは、本当に価値があることです。そういった自由のあるものにこそ、人は協力するのが良いと考えています3。

人がわざわざ車輪の再開発をする必要は(独占を防ぐ等の一部程度で)ほぼありません4。もし自由ソフトウェアがなければ、各々は自分たちで全て手作りする必要があったでしょう。あるいは、高額な金を払って何らかのライブラリやフレームワークを買うかです(かつてはコンパイラすら高額だったように)。結果として、実質的に開発できるのは膨大な資本力と体力がある一部の企業に限られ、それ以外の中小は末端の仕事しかできなくなります。そうなると、自由に誰もが参入して発展させられる場所はないでしょう。進歩の速度は低下し、ITの導入は高額になり、多くの人の興味を削ぐ。プログラミングをするのに鉱山を削ったり物資を調達する必要はほぼないにも関わらず、です。

自由ソフトウェアの概念が発達したおかげで、人々は多くのソースコードを大手を振って共有することができるようになりました。そして現在のように、誰もが気軽に高品質なソフトウェアを書ける世界ができたわけです。何より、自由ソフトウェアはその開発者が開発を止めてしまったとしても別の誰かによって開発を継続させられます。これは(A)GPLが目指した理想の一つです。プロプライエタリは作者の死後70年まで誰もメンテナンスできないのと対象的ですね。
その他にも自由ソフトウェアの利点は挙げられますが、とにかく、様々な利点を我々は享受しています。

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耳鳴りと謙虚な精神

奴は突然やってきた

昨日の夜のことです。大学からの帰路、駅のホームにやってきた電車へ乗ろうとしたとき、それはやってきました。

キーンという高い音。耳鳴りです。みなさんもよく経験があると思います。まさか耳鳴りを経験したことがないという方はいらっしゃらないでしょう。
私だってそうでした。ふむ、耳鳴りか、と気にも留めず、さっさと電車に乗り込みます。
しかし、数分後にはすっかりこの耳鳴りのことが頭から離れなくなってしまいました。そう、一向に収まる気配がないのです。乗り換えのためにホームに降りても、別の電車に乗っても、とうとう自宅の最寄り駅のホームに降りても、耳鳴りは収まりません。
はて、困りました。自宅に帰って、お風呂に入って、布団に入ってみます。治りません。これは一大事だぞと、明日病院に行かねばと決心してその日は寝ました。

そして今日。耳鳴りは落ち着いていたものの、プールの水が左耳に入ったままのような、そんな違和感を感じます。病院へ行って聴力検査を受けたところ、予想通りというか、我が左耳は高音を聴き取ることができないようになってしまっていたのでした。つまり人力ハイカット状態で、これが耳の違和感と耳鳴りの原因だったわけです。
医師の方から直接病名を伺うことはできなかった1のですが、これが所謂突発性難聴なのかもしれません。二十代前半の私がそんな病にかかるなんて日頃どれだけストレスを抱えているんだと言われそうですが、そうですよ、私は健常者と比べて現代社会に抱く怒りと悲しみが人一倍強いのですから2、さもありなんと納得すらしてしまいます。

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