大学生活の振り返り


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長いようで短かった6年間

去る金曜日に、6年間在籍していた大学を修士でようやく卒業しました。2年前の学士卒業の時は全く感慨を感じなかったのですが(そのまま院に上がったので当然と言えば当然)、今回は大学を去るためかそれなりに感じるものがありました。

学生生活を、ゆるく振り返ってみます。

一年目:出会い

一年目は、とにかく出会いがありました。最初の班分けで同じ班になった数人、入ったサークル(現在は部活)での先輩・同期たち、当時やっていたSNSで繋がりを持った方々。どれも大切な出会いだったなあと改めて思います。これらの人たちとは今でも仲がよく、過ごしていて気持ちがいいです1

出会いはもちろん対人間だけではありませんでした。大学生になって、見えてきた新しい世界があります。高校とは全く違った角度で進められる講義や課題、あるいはものの見方。高校とは違った社会性のある大学生活。高校の時は50分の授業でしたから2、最初は90分がとても長く感じたものです。しかも最長で8:50から17:50までみっちり講義が入ってましたから、いやー、高校以上だったな……。

違う世界と言えば、春を少し過ぎたあたりに、当時付き合っていた彼女の通う大学の学祭にお邪魔したことがあったのですが、いや本当に大学が違うと世界観が違うんだなと実感しました。そりゃ単科大学と総合大学とでは全然違うのは当たり前なんですが、うん……。『華の文系』という言葉もここで初めて聞いたような。

そんなこんなでアレコレあって、夏。長期休暇の自由っぷりには驚きました。大学は人生の夏休みとも言われますが3、いやはやまさに。夏休みの約一ヶ月半、本当に何も課されなかったのが衝撃的でした。このうち特に思い出に残っているのは、サークルの夏合宿。先輩の車で長野の山奥にあるコテージに一泊したのですが、車内での会話が楽しかったのを覚えています。すっきりと透き通ったように晴れた日の午前、ラジオでシャナナ☆4が流れる車内で、車の話や生活の話など自分の興味が薄かったり知らなかった分野について、いろいろな話を伺えたのがよかった。ドライブってこんなに楽しいんだって初めて実感できました。

そういえば、セキュキャンに参加したのもこの時期だったかな。あれもいい経験になりました。 でもって、同じ時期にアルバイトも始めた記憶が。 家族で北海道にも行きました。盛り沢山ですね。

ちなみに、夏休みも後半は飽きてきて、早く講義が始まらないかな……と思っていたのを覚えています。自分から学業がしたいと思えたのはとても不思議でしたね。

そうです、出会いといえば、みんな大好き運転免許証との出会いも忘れてはいけません(笑)。夕方まで講義を受けて、バスに揺られながら夕暮れを眺め、教習所で運転についてアレコレ学んだ日々。数ヶ月間大変でしたけど、振り返ってみるとあれも楽しい経験でした。 教習所の教官は皆さん優しかったです。一度運転ミスで危ない状態になったときも、ピシッと一度お叱りいただいた以降は後腐れが全くありませんでしたし。大人だったな。いや、そりゃ皆さん大人なんですけど。

秋と冬はあまり記憶がないのですが、ひたすら講義を受けていた記憶があります。寒いし。 年末年始は、ボランティアでとあるイベントのウェブサイトと管理するためのバックエンドを作ったりしていました。

二年目:THE 二年目

二年目ってあ~二年目か~って感じですよね。私も御多分に漏れずそんな感じでした。 正直に言えば、一年目が濃密すぎて二年目の記憶が薄い。

サークルが部活に格上げになったのがこの年度からです。

スマホの写真を見ると、前半は部活に後輩が入ってきたり、たこ焼きやお好み焼きを焼いて食べていたりしたようです。ついでに自作PCが完成したのもここら辺5

そうそう、あの伝説、ポケモンGoが流行ったのがこの時期でした。近所の公園にも人が溢れかえり、私も友人とプレイしにいった記録が残っています。ちなみに私は三日で飽きました。テーマ性ないし……。

この年の夏には部活で売木のキャンプ場に星を観に行きました。一年目の山奥は電波も届かないくらいの僻地だったのですが、こちらはそんなこともなく。音楽流しながら焼肉を食べたのはいい思い出です。大学生って感じがしますね。

さらに、記録では元カノと北海道に旅行へ行っているようです。青の洞窟とか綺麗だったな。案内してくれた船長さんがとても愉快な人だった記憶があります。 夜景も観たな。そしてさらに、メチャクチャヘトヘトでお腹が空いているのに連れまわされ、ちょっとおこ気味だったのを思い出しました。ごめんね……。
最終日にはよくも悪くも大自然の公園内にある謎のタワーを見物しました。「これ面白いの? 面白いならいいんだけど……」と横からチクチク言われつつ、ウーンと首を傾げながら曇天を背後にタワーを眺めた思い出。

秋は魔法少女あひるステッキ6を作ってました。ついでに、演習中に悪戯をしたら教授三人組から呼び出されて説教を受ける実績も獲得しています7

冬はやっぱり籠っていたみたいですが、ポプテピピックでケラケラ笑ってたり元カノの家に遊びに行ったりしていたようですね。当時の彼女は飼っていた(?)ドジョウが動かなくなった8ことにショックを受けていたのと、飼っているハムスターに名前を付けるのを拒んでいました。それまでは飼っている生き物に名前を付けるのって割と当然だと思い込んでいましたが、あーそういう考え方もあるのかと考えさせられた一幕でしたね。そこまで深い考えがあったのかは謎ですが。

年末は人生初の徹夜カラオケをしました。若いね。また、ボランティアのウェブサイト&バックエンド開発もやってました。

『カルパスのだし醤油漬け~わさびを添えて~』にハマったのもこの頃です。ご丁寧に写真が撮ってあります。コーヒーと一緒に食べてたんですって。ヤバいな。

年度末くらいには中古のRTX1100とジャンクのパソコンを買ってきて友人宅にマイクラサーバーを立ち上げました。というかサーバーを建てたいがためにマイクラを購入したのですね。手段と目的が逆転していますが、でも楽しかったです。チビゾンビに襲われて大騒ぎしたのは面白かったな。

三年目:覚醒

この年は本当に難儀な年でした。お世話になった祖母が他界した悲しみをきっかけに、悪い方向へ進んでいってしまいます。

春過ぎのOSCを終え、いろいろと過ごしていた七月。当時よく飲んでいたストロングゼロのロング缶を半分くらいまで空けたところで、私は覚醒してしまいました9。絶え間ない自己批判と自己嫌悪、吐き気と食欲不振、この世と将来への絶望を抱え、一週間ほど何もできなくなる事態になります。
そこから何とか回復はしたものの、過敏になった精神とひねくれた思考10は治ることがなく、新たな覚醒後の自分の人生を歩むことになったのでした。アニメとか漫画だと覚醒ってカッコいいように描かれがちですが、実際はそんなことないです。メチャクチャしんどいし辛いので、皆さんも覚醒はしない方がいいと思います。お酒はほどほどにね11

そこから何とかインターンに行ったり、元カノと神戸に行ったり12、部活でキャンプに行ったり13したものの、ほとんど写真や記録が残っていません。つまりはそういうことですね……。

そして、飼っていた犬も急激に老けてボケ始めてしまいます。祖母と仲が良かった犬なので、寂しかったのかもしれません。

秋から冬にかけてはコミケにゲームを出そうと足掻いてみたのですが、チームの計画性のなさにより崩壊。これは本当に残念でした。挙句の果てにはコミケ直前でデカい熱を出してしまい14、点滴を打ってから新幹線に飛び乗る始末。約束された失敗です。いつか必ずリベンジするぞ15と誓いつつ、年末を迎えます。

四年目:研究の始まり

この年から研究室に配属され、研究が始まりました。研究室によっては人としての生を奪いにくるところもあったようですが16、私の研究室はそんなことはなく、平穏かつ幸せな日常を送れていた気がします。 研究の中身については書きません17

家族では青森に行きました。山とかよかったですね、苔とせせらぎがとても心地よい場所でした。

で、夏に元カノと別れました。別れた際の流れについては拙作『バイバイのノイズ』をご覧ください。自分で書いておいて何なのですが、未だに割とよく書けてるなと思ってます。

一方の部活はほとんど引退状態で、たまに顔を出すくらいになりました。仲がよかったメンバーも研究で忙しくなったのもありますし、昨年度の部活でいろいろあったのもあり……。 ただ、部で夏の終わりに行った日間賀島での合宿はとても楽しかったです。キャンプ形式から旅館形式に変えたのが大成功で、何も準備しなくていいというのがここまで楽なのかと有難みを実感するなど18。ドデカブランコを漕いだり、浜辺で花火をしたりととても楽しめました。よかった。 日間賀島なので、海鮮も美味でした。

それからしばらくして、研究室のゼミ旅行で(再び19)下呂に行ったのもよかったです。 そういえば、苔とか撮影してたら「変なのばっか撮ってるね」って先輩に笑われたっけ。もう、私は苔とか木とかが好きなんですよ!

秋には『シャークネード ラスト・チェーンソー 4DX20』を鑑賞しに行った記憶があります。研究室の同期や友人らにも話したのに誰も来てくれなかったので一人で。4DXを初めて体験しましたが、感想としては「まあそんなもんか」といったところ。4DXのピークは一番初めのデモ映像。シャークネード自体はしっかり面白かったです。最後のチェーンソーが唸るシーンは胸熱でしたね。ちなみに、ポップコーンを買ったらデカくて置く場所が存在せず、膝に置いていたら座席がガンガン揺れていくつか零れたのが玉に瑕でした。 ところで、劇場に『若おかみは小学生!』のキャラクター看板が置いてあったのですが、そっちの方が気になりました。今後観てみようかな……。

その後、冬、年始を越え、学士卒業記念にカナダ旅行をしようぜと友人と計画を立てるも予定が合わず頓挫し、淡々と時間が流れていくのでした。

五年目:修士

修士一年目は講義も増え、久々に学士前半の勢いを思い出していました。中でもSOA(サービス指向アーキテクチャ)の講義は学生から大変不人気で、最終的に受講したのが私と留学生の二人だけになった時はドキドキしましたね。しかも先生がネイティブの人故に質問が英語で飛んでくるので、頭の中では講義の内容を理解すると同時に応答の英文を生成する必要があって大変でした。とはいえ留学生の人がいるときは1/2の作業量で済んだのですが、彼が講義を一度休んだ時は文字通りのマンツーマン指導で……楽しかったです21

でもって、修士になれた記念にSONYのミラーレス一眼を購入し、めでたく綺麗な風景写真をパシャパシャできるようになったのでした22。やったぜ。

春過ぎには某イベントのために研究室の先輩と白浜へ行って楽しみました。いや、旅行じゃないですけどね。でも宿泊したホテルは素敵な場所でした。温泉に浸かりながら水平線を眺められたのは良かったな。青と蒼が交わるって芸術的ですよね。
あと、帰り際にマグロの解体をやっていて興味津々でした。なるほどね。

その後は某コンテストのために映像の撮影をしたり、編集をしたり、スライドを作ったりしました。関係者一同、発狂しそうになりながら徹夜で作業をしていたのが懐かしいです。

で、夏は研究をしつつインターンに行ったり、FSFやEFFからステッカーを取り寄せてThinkPadにペタペタ貼ったり、たこ焼きパーティーで人生初の記憶喪失をしたり23……いろいろやりましたね。

夏の終わりは上高地とその周辺にゼミ旅行へ行きました。バーベキューもできて大満足。綺麗な写真も撮れたし。いろいろ話せてよかったね。

そして、夏に飼い犬が他界。インターン中のことでした。祖母の下で、仲良く暮らしてくれているとよいのですが。

秋冬は研究や就活で忙しかった気がします。春も学会発表があったり、短編小説を書いたりで割と暇がなかったような。

六年目:疫病

2020年はまあ、皆さんご存知の通りですね。疫病によってなんもかんもが破壊されてしまった。

愛知で緊急事態宣言が出る直前に公園で桜を撮影しに行ったら、人がほとんどいなくて驚きました。例年なら人や屋台でごった返しているところ、シンと静まった公園に三脚を立ててパシャリとできたのはちょっとよかったかも。

春には新たに柴犬が我が家にやってきました。

夏と秋は研究と、少し執筆をしたくらいでしょうか。スマホの写真を確認しても、桜以降ほとんど記録がないのですよね。外に出ていない証左。
このあたりからコメダ珈琲にハマり、事あるごとに通っていました。

そして冬から年末にかけては、研究の合間を縫ってとあるノベルゲームを開発、某場所で公開をしました。そう、三年前の失敗のリベンジです。当時のメンバーのうち一人以外が結集し、約三ヵ月で作ることに。今回は進捗管理もきちんと行った結果24、無事にリリースまで行うことができました。フィードバックは賛否両論でしたが、まあ良し。

そのまま論文をコメダで書き上げて提出し、修論発表をお迎え。

And next …

そして、新たに社会人生活が始まるわけです。

コロナも収束したとは言えず、世界も様々な点で混乱している中で、私は生きていかねばなりません。 やっていけるか心配だな。やるしかないんですが。Do or die。

今回の振り返りは、思った以上にとりとめもない文章になってしまいました。ただ、書いてみることによって記憶を再確認できたり、忘れかけていた反省などを掘り起こすこともできたので意義はあったのかなと。本当の意味でブログっぽい記事かも。

今後も、数年おきとか早ければ一年単位とかで書いていきたい。一年単位にするともうちょっと掘り下げて書けてよいのかもしれない。

等々を思いつつ、学生時代最後の筆を置きたいと思います。これまでありがとうございました。また、これからもよろしくお願いいたします。


  1. SNSは私がやめてしまったので繋がりがあまり残りませんでしたが(私の責任)、素敵な人が多かったなと思っています。 ↩︎

  2. しかも、短縮授業とかになると45分とかになりましたし。と、改めて高校のときの時間割を眺めてみるとチョロいな……。 ↩︎

  3. 大学生、普通に忙しいですよ。特に学士の一、二年は……。 ↩︎

  4. https://minmi.jp/minmi_single/shanana/ ↩︎

  5. アルバイト代とかをコツコツ貯めて、XeonとGTX1070を載せたマシンを作ったのですね。有効利用されているかというと……。 ↩︎

  6. 翌年のOSCで発表することになるのであった。 ↩︎

  7. 恥ずかしいのでなぜ呼び出されたのかをここでは書きませんが、大変反省しています。呼び出された時は文字通り死ぬかと思いました。 ↩︎

  8. ちなみに春になったら復活したそうです。冬眠ってすげー。 ↩︎

  9. 詳細は こちら↩︎

  10. ひねくれてるのは元々という説があります。 ↩︎

  11. これ以来、ストロングゼロのロング缶は飲んでいません。多分。 ↩︎

  12. この時は部活の件でゴタゴタもあり、連絡とかいろいろやっていたせいでまともに楽しめなかったのが本当に悔やまれます。この旅行だけはもう一度やり直したい。申し訳ない。 ↩︎

  13. この年のキャンプはいろいろとガタガタになっていて、あんまり思い出したくない……。 ↩︎

  14. 研究室の面接も同時期にあったのですが、熱で意識が朦朧としつつも目をこすりながら面接を受けた記憶があります。休めって話なんですが、追い込まれてまして……。 ↩︎

  15. 三年後に、別の形でようやく果たすことになるのでした。 ↩︎

  16. 友人にもラボ畜はいました。 ↩︎

  17. 実名も出てしまうし。 ↩︎

  18. 部活の人数が増えてくると、キャンプって大変なんですよね。 ↩︎

  19. 元カノと行ったのも下呂だったんですよね。ゲロゲロ~。 ↩︎

  20. 予告編 ↩︎

  21. もう必死よ。 ↩︎

  22. 撮った写真はFlickrに上げてるので是非。ほとんどCC0です。 ↩︎

  23. 十分にモノを食べていない状態で大量にウォッカを摂取すると、教授の部屋の入口にGNUシールを貼った上でその記憶を喪失するので注意してください。なお、これは翌日先輩に指摘され、真っ青になりながら謝罪をしました……。 ↩︎

  24. 進捗管理が得意な人間がいると、本当に捗るんだなあという感想です。いや、私も頑張ったけど。 ↩︎