バイバイのノイズ

バイバイのノイズ


時間は十九時を回った。明かりのない車内は薄暗い。
明滅する黄色や赤の看板たち、車のヘッドライト、街灯、その他雑多な光源が、フロントガラスを巡っては消えてゆく。 合計で十時間以上走った運転もいよいよラストスパートで、残るは本旅行のヒロイン――助手席にいる彼女を家へと送り届けるだけだ。

車内のスピーカーからは、彼女のiPhoneからBluetooth経由で送信される、恋愛至上主義の音楽が次々に流れていく。 よくもまあ、こんなにも恋や愛、好きだの忘れられないだのと歌う曲を聴き続けられるな、と呆れ半分感心半分であった。

さて、順調極まりない帰路であったが、ここで一つ問題が生ずる。
旅行先でのお昼など、そうそう腹持ちのよいものを食べるはずもなく、運転の疲れもあってか、徐々に空腹感が姿を現せつつあった。 そこで、隣でスマホを触っている彼女に、晩御飯はどうしようかと尋ねてみたのである。 すると、返ってきたのは「なんでもいい」という、汎用性の高い、そっけない返事であった。

「なんでもいいって言われてもなあ」と回答をねだっても、「なんでもいい、任せる」と返してくる始末で、どうしたものかと悩む。 せっかくなのでチェーン店ではつまらないし、かといって高級店に行くほどのノリも無さそうだ。

そんなこんなでじっくりと考える間もなく、数秒のうちに過ぎ去ってしまう看板たちを眺めていると、空腹のせいか、スマホを持っているなら近くのお店の一つでも調べてくれないかな……と考えてしまう。 が、いかんいかん、旅行の最後で怒ってしまっては――と、自制心で空腹を抑え込んで難を逃れた。 「お腹はそんなに減ってないの?」と聞いてみると、案の定こくりと頷いたので、それならば仕方がない、無理にご飯に誘うのも悪いし……と、家へそのまま送ることに決めた。

と、これで問題はひとまず解決したのだが、それからしばらくして、彼女が嗚咽を漏らし始めたのである。

こう一文で切り出すと唐突さを隠し切れないのだが、それほどまでに晴天の霹靂であり、どうしたのかと慌てていると、

「ねえ、浮気していい?」

と、彼女は切り出した。 なるほど、そう来たか、と私は思った。

話はこうだ。

私と彼女は、付き合って六年目となる。 ……なんて書くと響きはいいのだが、若い時からの付き合いかつ今はお互い遠距離ということもあって、実のところの付き合っている期間というものは、実はよく分かっていない。 「ギュッと圧縮したら三ヵ月くらいじゃない?」という話もあったくらいで(流石にそれは言い過ぎだと思うが)、良く言えば『制約なし』、悪く言えば『友達の延長』という、そんな仲であった。 それが、就職などもあって人生について考えるとなったときに、いよいよ問題となってきたらしいのだ。

「彼氏として好きなのか、友達として好きなのか、私には分からない」と彼女は言う。なるほど、それはもっともだろう。

彼女は続ける。「他の人と付き合ったりしてみて、それで気持ちを確かめるのはアリか」と。ふむ。そうか……。

私は回答に窮してしまった。 というのも、私自身、形は違えど同じような考えを抱いていたからである。 変に即答してしまったら、悪い意味で勘違いされかねない。

先に書いておくと、私は彼女のことを嫌いでは決してない。もちろん合わない面も多々あるが、それは別の人間として当たり前のことであって関係ない。 従って、できれば別れたくはない、というのは私の本心である。

嫌な点があっても、それを適切に主張して議論すれば、『一部』を除いてお互いに歩み寄ることができる。これは私の持論だ。 ただ、その『一部』――結婚や子供の話が今回の問題なだけに、私は主張するのをためらっていた。

近頃の彼女の話を聞いていると、ピカピカの結婚願望や子供への憧れが伝わってくるのだ。 だが、私は結婚や子供というものを、何というか、端的に言って、受け入れることができていないのである。

私は今の社会が嫌いだ。資本家や資本主義者による独占、支配、それを肯定してしまう国家というシステムそのものが嫌いだ。 そして、現在の家族観、近代家族観はこれらを存続させるために押し付けられているものに他ならない。

現制度下において結婚が成就し子供を授かったとしても、少なくとも私には、幸せになるビジョンが見えないのだ。 社会から一家庭として切り離され、性差や収入等によって家庭での役割が親子共に固定化、育児や労働で疲弊し、しまいには結婚なんてしなけりゃよかっただなんて言葉が飛び交う、そんな家庭は御免だ。

よって、私はこのまま近代家族の波に押し流されるのを潔しとしないし、仮に結婚をするにしても、せめて、こうした考え方にある程度の結論と決着を見出すまでは動きたくなかったのである。 しかし、彼女は違うようで、早ければ早いほどいいのだと私を急かしにかかっていた。そんな訳で、私は板挟みにあった。

持論に基づけば、私は上記の主張を(もちろん、相手の尊厳を傷つけないように配慮しながら)主張することが大事だということになる。 だが、彼女のそうした考え方を否定することは、彼女の『付き合う』という意味を否定することになりかねない。 ともすると、私と彼女が付き合うといった点に、私はともかくとして、彼女の方が意義を見出すことができないのではあるまいか。 そう考えてしまうのだ。

故に、私はこの回答を彼女に伝えることをしなかった。代わりに、逃げるようにその場しのぎの受け答えをしつつ、どうすべきかをずっと悩んでいたのである。 文字通り、答えを出すことから逃げていた、と言ってもよい。そうしたツケが、たまたまこの瞬間にやってきたというだけの話だ。

かくして私は答えを出さなくてはならなくなったわけだが、どれだけ考えたところで、彼女から提案されているということは、結局、二択などもう存在しないのである。

逡巡した後、私は彼女の提案を承諾した。

旅行からの帰路、よもや車中でこのような形になるとは思いもよらなかったが、いずれにせよ、時間の問題だったのだ。 ……私がもう少し早く決断していれば、彼女は泣かなくても済んだのかもしれない。それが心残りだが。

しかし、彼女は泣きながら「勝手でごめんね」と言う。 いや、何が勝手なんだ。結婚もしていないし子供もいないのに、幸せになれるのならそっちの方がいいじゃないか。

今の状況で浮気したって怒りはしないよ、幸せだと思う方に行ったらいい、と彼女に伝えると、徐々に鼻をすする音は無くなっていった。

そういった会話をしている間も、彼女のiPhoneは呑気なもので、恋の素晴らしさを説く曲をかけ続けていた。 あまりにも場にそぐわないので、思わず笑ってしまいそうになったものもある。 彼女に止めないのか尋ねようかと思ったが、彼女がiPhoneを握ったまま離す様子がないので、やめておいた。

数分後、車は無事に彼女の自宅へと到着した。


最後に彼女が接吻したいと言うので、それでいいの? と尋ねると、うん、という答えが返ってきて、軽い接吻をした。 挨拶のような接吻だった。きっと、彼女なりの餞別だったのだろう。
それが終わると、彼女は荷物を持って、

「バイバイ」

と言い残して車を去っていった。私も特に思うところがなく、そのまま彼女を送り出す。 ぼんやりと、後でメッセージを入れておかないとな、なんて考えながら。

しばらくして、彼女の姿が玄関の奥に消えた。 それを合図に、私はエンジンに力強く鞭を入れる。

が、瞬間、期待したものとは違う、異質で大きな音が車内に響いた。

どこかぶつけただろうかと一瞬硬直するも、すぐに、それは楽しそうな曲を流しているスピーカーからだと分かった。 プレイヤーを見ると、なるほど、Bluetooth経由で曲を流し続けているままだ。そして、その接続先はずっと変わっていない。 曲の間に開いた大きなノイズの裂け目が、不気味で異質な音を奏でている。 それでも、発信元から発せられた電波は、辛うじて車内にまで届いていた。

彼女のiPhoneが、未だに甘ったるい恋愛ソングを流し続けているのだ。 もう訪れるか分からない玄関の向こう側で、変わらない愛とやらを歌っているのだ。

そこで、私はようやく、彼女の思いの断片に触れられたような気がした。

そうして、先ほどまで嫌だった甘ったるい曲が、無駄な抵抗を続けるノイズが、そのまま途切れて無音になるのがひどく恐ろしくなって、

私は、いや、僕は、やれやれと顔をしかめながら、ラジオへの切り替えスイッチを押し込んだのです。

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