バス停からの山道を登って老街に着いた頃には、もう陽が落ちてきていた。薄い霧に混じった小雨が、ベージュの半袖から飛び出した腕に何本かの線をつけて滴る。老街のあちこちにぶら下がる提灯は霧越しにぼんやりとした光を放っていて、きっと、晴れた日に見えるそれよりも幾分か綺麗だ……なんて思えるのは、私の心境のせいだろうか。つくづく、綺麗という感性は極めて主観的だなと思う。
つまるところ、人の認識というのは幻想だ。陽の位置や天気といった現象も、感覚器官の刺激を脳が処理して初めて認識される。極端なことを言えば、夜を明るいと感じる人にとっては毎日が白夜だろうし、雨好きにとっての豪雨は多数派にとっての快晴と同じ立ち位置なんだろう。それが客観的に正しいかどうかなんて、本人にとって極めてどうでもいいことだから。
よって、隣で年甲斐もなくはしゃいでいる友人――一緒に海外旅行にまで来たリンとカナにモヤモヤとした感情を抱いてしまうのも、私が私である以上は仕方がないことなんだと思う。嫌いになったとか退屈とかそういうものじゃなくて、とにかくこう、言語化できず掴みどころのない不快感だけが認識にあるというか。言うなれば、絡みついて離れない粘っこい霧のような。
「めっちゃええ街やん!」
リンは感嘆の声を漏らしながら、ミラーレス一眼でしきりに建物や人流を撮影している。肩出しのカットソーの彼女がカメラを振り回している一方、道の隅に立つカナはダボ袖を捲ってタバコに火をつけようとしていた。
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