拝啓
あの日からどれだけの時間が経ったのか、もう正確には数えられなくなってしまいました。
ここでの生活は単調で、何もかもが曖昧です。時間も生死の境目すらも、はっきりしていない気がします。
そんな状態でも、あなたの声だけは私の脳裏にくっきりと焼き付いたままです。
そのおかげで、私は生きようという希望を持ち続けることができているんだと思います。
……だなんて、あまりに自分勝手ですよね。
こんな手紙なんて、ただの自己満足ということは分かっています。
今いる刑務所でも、私がうっすら気持ち悪がられているのを感じます。
それでも、書くことをやめられません。
あなたがもう返事をしないと分かっていても、こうして筆を握ってしまう自分がいるのです。
だからといって特別、伝えたい内容があるわけではないのに。
面白いですよね? 手紙や文章は何かを伝えるための方法ですが、今の私には、何も伝えたいことがないんです。
私が手紙を書きたい理由は、内容ではありません。
ふと、あなたからの返事が戻ってくるのではないかなんて、そんな風に期待してしまう自分がいるだけです。
招待状
この短編は 百合SS Advent Calendar 2024 の 21日目向けに出すはずだったものです。
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
人生が色々あり、遅れてしまいました。色々、についてはまた記事にするかもしれません。
[続きを読む]二十三区の外側で
この短編は 百合SS Advent Calendar 2023 の 二十三日目向けに出すはずだったものです。三か月遅れて気が付けば春になっていたので、舞台設定も春です。
遅れて申し訳ありませんでした。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
[続きを読む]幕間、異国で
バス停からの山道を登って老街に着いた頃には、もう陽が落ちてきていた。薄い霧に混じった小雨が、ベージュの半袖から飛び出した腕に何本かの線をつけて滴る。老街のあちこちにぶら下がる提灯は霧越しにぼんやりとした光を放っていて、きっと、晴れた日に見えるそれよりも幾分か綺麗だ……なんて思えるのは、私の心境のせいだろうか。つくづく、綺麗という感性は極めて主観的だなと思う。
つまるところ、人の認識というのは幻想だ。陽の位置や天気といった現象も、感覚器官の刺激を脳が処理して初めて認識される。極端なことを言えば、夜を明るいと感じる人にとっては毎日が白夜だろうし、雨好きにとっての豪雨は多数派にとっての快晴と同じ立ち位置なんだろう。それが客観的に正しいかどうかなんて、本人にとって極めてどうでもいいことだから。
よって、隣で年甲斐もなくはしゃいでいる友人――一緒に海外旅行にまで来たリンとカナにモヤモヤとした感情を抱いてしまうのも、私が私である以上は仕方がないことなんだと思う。嫌いになったとか退屈とかそういうものじゃなくて、とにかくこう、言語化できず掴みどころのない不快感だけが認識にあるというか。言うなれば、絡みついて離れない粘っこい霧のような。
「めっちゃええ街やん!」
リンは感嘆の声を漏らしながら、ミラーレス一眼でしきりに建物や人流を撮影している。肩出しのカットソーの彼女がカメラを振り回している一方、道の隅に立つカナはダボ袖を捲ってタバコに火をつけようとしていた。
[続きを読む]ある美少女の日記
この日記は 百合SS Advent Calendar 2022 の 二十三日目向けにまとめたものですが、結局年末になりました。
[続きを読む]粘土
本SSは諸事情あり、 別の投稿サイトへ引っ越しました。
ウィッシュユー・ハッピースリープ (ニ)
ウィッシュユー・ハッピースリープ (一)
本メールアーカイブは 百合SS Advent Calendar 2020 の 23 24日目です。
本当は一本で終わらせる予定でしたが、中間発表で疲れ切っており、間に合いそうになかったので二本立てにしました。ごめんなさい。(ニ)もすぐに出します。
[続きを読む]あるクマゼミへ、ごめんなさい
正月
正月
年末になると、暖冬と呼ばれていたのが嘘であるかのように思えてきた。
少しくらい薄着でもいいか、と思えたのはたった一週間前のことだ。それがたった数日で、朝晩着替えるのが億劫になるほどの寒さに変貌したのだから、今年の気候のバイタリティは大したものである。
寒いのは、何も人間だけではない。モフモフの毛皮を持つ動物、我が家が誇る老犬も漏れなく対象だ。
そしてこの犬、人間の年齢に換算すれば我が家庭内での長老になることは間違いない老犬なだけあって、足腰が弱りボケも入る、果ては座ることもままならず、北風が吹けばそれに合わせてふわりふらりと揺れる有様。
水や餌も地面に置いたままではなく、わざわざ口元まで持っていかねば摂ることもできない。おまけに夕飯はブルブルと寒そうに震えながら食べるものだから、不憫に思った父が食事後に犬用の毛布をかけてやっていた。
毛布は好評のようで、くるまって寝る姿をよく見かけるようになった。老犬と言えどもその姿は可愛らしいものである。