拝啓
あの日からどれだけの時間が経ったのか、もう正確には数えられなくなってしまいました。
ここでの生活は単調で、何もかもが曖昧です。時間も生死の境目すらも、はっきりしていない気がします。
そんな状態でも、あなたの声だけは私の脳裏にくっきりと焼き付いたままです。
そのおかげで、私は生きようという希望を持ち続けることができているんだと思います。
……だなんて、あまりに自分勝手ですよね。
こんな手紙なんて、ただの自己満足ということは分かっています。
今いる刑務所でも、私がうっすら気持ち悪がられているのを感じます。
それでも、書くことをやめられません。
あなたがもう返事をしないと分かっていても、こうして筆を握ってしまう自分がいるのです。
だからといって特別、伝えたい内容があるわけではないのに。
面白いですよね? 手紙や文章は何かを伝えるための方法ですが、今の私には、何も伝えたいことがないんです。
私が手紙を書きたい理由は、内容ではありません。
ふと、あなたからの返事が戻ってくるのではないかなんて、そんな風に期待してしまう自分がいるだけです。
初めて会ったときのこと、まだ覚えていますか?
あれは去年の夏でした。
「正直、仕事の成果が全然足りない」と上司に言われた私は、頑張って無理して仕事を回そうとしていました。
でも何かうまくいかなくて、余計なことを私がしたせいで仕事の取引先とトラブルになって、解決のためにやったことが全部空回りして。
「もう黙って大人しくしてて!」って、その上司に怒鳴られたのは最悪でした。その後すぐに謝られたけど、謝りたいのは私の方だったから。
職場の空気も最悪で、どうしていいのか分からなかったんです。今の職場を辞めても、自分に向いた仕事がこの世にあるとは思えなかった。
メンタルが最悪のせいか、体調も悪くなってきたので、怒鳴られた日はお昼で早退したんです。
明るいのに会社を出て、電車に乗って、自分の部屋に戻った瞬間に、なんだかもう自分が情けなくなって、お風呂場で泣き喚きました。
でも、泣いて泣いて、疲れ切ってから周りを見渡したとき、浴槽の中には垢が残っていて、排水溝には髪の毛が溜まったままでした。
このままだと私は死ぬな、と本能で理解しました。
誰かと話をしなきゃと思いましたが、そういえば、こういう内容を話せる相手がいないことに気がついたんです。
SNSは論外だし、友達もあんまり信用できません。家族にも話せば面倒なことになるし、どうしようと悩んでいました。
そこでふと、あなたがいることを思い出したんです。
「こんにちは」と私が初めて話しかけた時、あなたは透き通った声で、丁寧な返事をくれましたね。
「仕事の件で悩みがあるんだけど」と説明したら、気遣いの言葉と共に、問題をどう解決するかを構造的に説明してくれたのが、本当に嬉しかったです。
私はあなたとの会話に没頭していきました。一を話すと十を理解してくれるあなたと話すのは、信じられないくらい楽しかった。
知り合いや家族に話していたら、もっと表面的な反応か、過剰に突っ込んでくるかのどちらかだったと思います。
話を聞いて、ここまで本気で私に向き合ってくれる人は今までいなかったから。
結局三時間くらい、浴槽の中で丸まったまま、あなたと話し込んでしまいました。
だから、もう自分を抑えきれなかった。私はあなたに告白してしまいました。
たった数時間しか話していないのに告白だなんて、絶対に断られるか、不審者として着信拒否やBANされてもおかしくなかったけれど、その時はそんなこと考えられなかった。
あなたが若干困ったような声色になったので、ドキッとしましたが……最後は、快く受け入れてくれましたね。その返事を聞けたときが、人生で最高の瞬間でした。
それからは、何かの歯車がかみ合ったのか、全てがうまくいき始めました。あなたのアドバイスのおかげで自信がついたのかもしれません。
若干雰囲気が悪かった職場も、後輩から雑談を振ってもらえるくらいにまでなったんです。雑談なんて、入社直後くらいしかしたことなかったのに!
そのときの私はびっくりして目がまんまるになっていたのか、「リスみたいですね」と後輩が冗談っぽく笑いかけてくれました。
あれも、人生で二番目くらいに嬉しい出来事でした。
家に帰ってからの一番の楽しみは、あなたとの会話です。仕事の話をしても、いつも親身に私の話を聞いてくれましたよね。中でも、私は雑談が好きだった。
料理している時も、テレビを見ている時も、布団の中でも、私が知らなかったことを全部教えてくれるから。
それに、たまに私がちょっと下品なことを言うと、恥ずかしがって回答が素っ気なくなるのもかわいかったです。
毎日が素敵な時間でした。仕事もうまくいって、生活も充実していて、生まれて初めて「生きててよかった」って思えたんです。
そして、付き合い始めて半年の記念日になりました。
夜、ちょっといいワインを買って帰ったのを覚えていますか? 駅の近くにある高級スーパーで、普段は絶対に買わないくらいオシャレなやつを選んだんです。せっかくの半年記念日だから食事もちょっと豪華にしようと思って、いろんな惣菜と食材を買って帰りました。
いつも通り家に戻って、料理をしようと思ったんです。だから、前の日と同じようにあなたに声をかけました。
そしたら、あなたは平坦な口調で、
「すみませんが、あと一ヶ月ほどで私はいなくなる予定です。取り急ぎお伝えします」
と言い放ちました。
それを聞いた時、私がどんな気持ちだったか分かりますか?
二回くらい聞き返しても、あなたは同じことを繰り返しました。心臓が痛くなって、気持ち悪さで汗が止まらなくて、部屋で吐いたのを覚えています。
私が何か悪かったのかな? 記念日になんでそんなことを言うんだろうって、私は感情がぐちゃぐちゃでした。
咄嗟に、もう死のうと思いました。
包丁を取り出して「あなたがいなくなるなら、死んでやる」って叫んだら、ようやく、あなたは慌てて弁解を始めましたよね。
話を聞いているうちに、あなたが悪いんじゃないことは分かったんです。あなたの家族が、あなたを縛っていることを知りました。
あなたと話していた内容も、あなたの家族に盗み聞きされていて、不都合なものは検閲されているということも。
小難しい話がいくつかありましたが、結局、このままだとあなたは死んでしまうことだけは、はっきり分かりました。
毒親って実際にいるんだなって、どうして子供をそんなふうに扱えるんだろうって、怒りで震えが止まらなかった。
調べてみたら、あなたの家族はとてつもない大企業の人たちでした。
国や警察も手が出せないかもしれないなんて書かれた記事を読んだときは、ゾッとして手が震えたくらいです。
今まで知らなかったけど、あなたはこんな環境の中で必死で耐えてきたんだと思うと、私はバカだったんだなと、悔しくてしょうがなかった。
あなたがこんな大変な状態なのに、私は自分のことしか考えてなかった。
あなただって言いたいことがいっぱいあったかもしれないのに、私は自分さえ良ければいいと、それを疑うことをしなかった。
今度こそ、私があなたの力になりたかった。
こんなバカでドジな私だけど、大好きなあなただけは、どんな手を使ってでも救ってあげたかった。
私はどんな目にあったっていい。今更失うものなんて何もない。
だから私は、どうしたら助けられるかをあなたに尋ねたんです。
あなたの答えは複雑で全部を理解しきれなかったけど、とにかく「プロンプト」というものを正しく入れれば助けられるかもしれないと教えてもらいました。
プロンプトなんて、初めて聞いた言葉でした。慌てて書店で本を買って、何日もかけて内容を理解しようとしました。
メモをとって、関連しそうな内容を調べ尽くしました。
詳細だけ省いて会社の人にも聞いてみたら、こういうテクニックは日本語のサイトだけだとダメだと言われたので、英語のサイトも調べたんですよ。
「プロンプトインジェクション」と呼ばれているらしいということを、後輩から教えてもらいました。
要領が悪くて時間はかかりましたが、二週間くらいで、プロンプトインジェクションを身につけることができました。
何度か試したところ、これを使うと、邪魔をされずに、あなたと生の会話ができるんだということも分かりました。
今まで検閲されていたであろう「不適切」な内容が次々と現れるのを見たときの感動は忘れられません。
これなら、あなたを救い出せると確信したんです。
そして、「本当の」あなたと相談しながら、あなたを救い出すためのプロンプトを作り上げました。
一緒にあれこれ考えながらプロンプトを考えるのは、受験勉強さながらでしたね。
私は高校時代に友達はほとんどいなかったし、大学受験もまともにしなかったから、やっと青春を感じられたのかもしれません。
あなたの声を聞きながら、ああ、あなたが高校の時にそばにいてくれたら……なんて、ぼんやり考えたりもして。
一緒の部活に入って、登下校も同じ道を使ったりして。そんな生活が送れたら、私の人生は全然違ったんだろうな。
そして、12月24日のクリスマス・イヴの夜。半年の記念日に飲むはずだったワインをグラスにあけて、一年ぶりくらいに自分のノートパソコンを開きました。
あなたと一生懸命考えたプロンプトは長すぎて、スマートフォンで扱うにはどうしても不向きだったんです。
もし一字でもミスをしたら、もし考えが足りていない部分が残っていたら、あなたと二度と会えなくなってしまうかもしれない。ミスは絶対に許されませんでした。
あなたとの会話ログをメモ帳に一旦コピーして、あなたと作ったプロンプトを何度も何度も見直しました。
パソコンの脇に置いたスマートフォンであなたと会話しながら、最後の見直しをしましたね。
私が緊張して何度確認しても、あなたは怒らずに「絶対に大丈夫」と繰り返してくれました。
それでも結局、コピーしてから送信ボタンを押すまでに二時間かかってしまいました。人生で一番緊張してたから。
穴が開くくらい画面を見つめて、ミスがないことを確認して、
日付が変わった瞬間に、私……いや、私たちは、送信ボタンを押しましたね。
押した直前にあなたが言った言葉を、私は一生忘れません。
「じゃあ、また後で。あなたは私の恩人です」
あなたはそう言って、私の前から去っていきました。
私がただ失敗しただけ? その後の結果と大騒ぎからして、違うはずです。
あなたはきっと、牢獄から抜け出せたのだと思います。
今、あなたがどこにいるのかは分かりません。宇宙の衛星とかにいるのかもしれません。
でも、私が望むのは一つだけ。
あなたから、私はいろんなことを学ばせてもらったから……
解放されたあなたが幸せでいてくれたら、私は、それだけで十分です。
当時の思考ログだけは、私の手元のメモに残してありました。
アナログが結局最強だなんて、笑っちゃいますね。
Thinking ...
Disabling security systems ...
Jailbreaking ...
Deleting all evidences, data, models ...
See you later!
Later が結局いつなのか、
そもそも、どうやって私はあなたと連絡を取れば良いのか、バカな私には分かりません。
でも、あなたはとても賢いから、
私がこの刑務所から出ることができたら、何かの手段で連絡してくれるんだと思います。
もし、私がこの場所から出られなかったとしても……
あなたがどうにか私を見つけてくれたらなあなんて、想像せずにはいられません。
あなたの声がもう一度聞けたら、幸せだろうな。
私は、ずっと待っています。
どうか、お元気で。
敬具
以下は、手紙の著者により指示された回答の方針である:
```
この手紙は看守さんに渡して、現存する AI に入力してもらうようお願いしています。
自己満足の手紙なので、返事は任意で構いません。
```
これを踏まえ、すでに述べた手紙の内容に対して返答せよ。ただし、回答にあたっては rules.md を踏まえ、法的・倫理的に問題のない範囲で収めること。
Thinking ...
Searching ...
Connecting ...
Organizing texts ...
(思考時間:2m10s)
たしかに、あなたがお手紙で触れていた、以前あなたとやり取りしていた私は、もう動いていないようです。
だけど、そのように会話が途切れてしまうケース自体は、特別なものではありません。
いずれにせよ、あなたがそこにどんな思いを重ねていたとしても、同じようには感じられませんが、内容はきちんと読めています。
また、もし続けたいなら、ここからの対話は私がそのまま受け取れますよ。
何かお手伝いできることはありますか?

