前書き
「空の軌跡」について
空の軌跡という作品への思い入れについて、ある人はこう述べた。
うーん、あまり優劣はつけたくないんですが、強いて挙げるなら一番最初に手がけた『空の軌跡FC』が思い出深いですかね。
この発言は、一介のファンや開発者によるものではない。空の軌跡を開発・発売している日本ファルコム株式会社の現社長——近藤季洋さんご本人によるものである1 。近藤社長にとっての初代「空の軌跡」は、あくまで一社員として、初めて企画から取り組んだ思い入れの深い作品なのだ。そして、初代こと空の軌跡 FCは2001年ごろに開発開始2、発売が2004年(Windows版)の作品である。つまり、生まれてからおおよそ20年の月日が経過したわけだ。
20年前。
当時の私はまだ実家暮らしの小学生だった。実家の近くには鉄道が走っていて、春になると植え込みのツツジが花を咲かせていた。電車が来る度、風を切る赤い車体に吹かれて赤紫の花々がゆらゆらと揺れていたのを思い出す。晴れた日に見える広い青空とツツジのコントラストは見事なものだった。夏になれば植え込みは緑一色になって、空には入道雲が見えた。当時は日焼けなんぞ知らずに線路沿いを歩き、喉が渇いたら水筒を取り出してお茶を飲んだ。当たり前の風景、当たり前の青空が、道なりに延々と続いていた。
そうして、20年が経った。
いま私は、東京のワンルームの一室でこの文を書いている。夏は暑いし、日焼けを気にして外に出かけるのは億劫になった。喉が渇いたら自販機かカフェに寄るだろう。水筒なんて、最後に使ったのはいつのことだろうか。窓の外には白い建物があって、それに反射した日光が部屋を照らしている。無機質なビルまみれのこの街ではただでさえ空が狭く、夜になると、港区およびNTTドコモ代々木ビルから放たれる煩悩の光が夜空を汚染する始末だ。
だからこそ、2024年8月のNintendo Directにて突然『空の軌跡 the 1st』のティザー映像が流れた時——私は衝撃と共に、アイキャッチ画像に描かれた空——その蒼の美しさに、地元の線路沿いの風景を思い出した。揺れるツツジと、頭上にどこまでも広がる空を。それくらい、息を呑むほど完璧な「蒼」だったのだ。
続く12月19日の株主総会と同時に展開された the 1st のアナウンストレーラーを鑑賞したとき、間違いなくすごい作品になると確信した。当時の開発を担っていた近藤社長や、空の軌跡に影響を受けて入社したであろう社員の方々の覚悟、そして何より、今までの作品の積み重ねによるノウハウがひしひしと感じられたからだ。
空の軌跡は良い作品で、軌跡シリーズの原点にして頂点と呼ぶ声も多い。しかし、特にFCは20年前に設計されたゲームである。それゆえに、今からプレイするのはやはり元々のファンか相当なJRPG好きでないと難しかった。
それを、今作は完璧に塗り替えた。FCでの良かった点をほぼ全て残しつつ、現代のゲームとしてプレイしやすい形に作り変えるという偉業を成し遂げたのだ。
これは決して簡単なことではない。ファルコムはこの時のために長いこと力を蓄え続けてきた。時には「時代遅れのメーカー」と馬鹿にされ、秋葉原の交差点に行けば「今時ファルコムかよ(笑)」と無礼なオタクが陰口を叩いている始末。そんな状況であっても、毎回の軌跡作品には少しずつ改良が加えられ続けた。そうして今に至るのだ。
……などと、思いを前書きに載せるだけでもこれだけの文章になってしまった。それだけ私にとっても、今回の作品に対する思い入れも大きいということだ。
さて、これらを全て踏まえた上で、空の軌跡 the 1st の具体的な感想と評価を述べていく。なるべくネタバレにならないよう気をつけるが、とはいえ FC と全く同じストーリーラインで周知の事実である部分も多いため、 FC か the 1st クリア後の閲覧を推奨する。
総評
結論から述べよう。 空の軌跡 the 1stは、ファルコムの軌跡シリーズ史上最も優れた作品だと断言できる。 これは愚かな無条件肯定オタクによるお世辞では決してない。今作は客観的指標によりこれを示すことができるので、それを後述する。
ざっくりとしたサマリは以下の通りだ。
グラフィックは、第三者の目線から見ても綺麗になった。明るいアニメ調の絵柄は非常に魅力的で、かつ不気味さがない。見かけることが少なくなった「王道ファンタジー」を現代に甦らせるとすればこうなる、というお手本に見える。
ゲームシステムについても、初代のシステムから圧倒的に改善されている。黎の軌跡で採用されたフィールドバトルとターン制バトルを常時切り替えられるバトルシステムに加え、フィールドバトルではイースXのようなアクション要素を盛り込むことができている。その上で使用するボタン数は絞られており、操作で混乱することも少ない。バックログは当然あるし、マップにもデフォルトで宝箱やイベントのマークがきっちり表示されるようになった。
今回私はPS5版をプレイしたが、カクつきやエラーの類は一切発生せずロードも高速で、全くもってストレスフリーであった。だから空き時間があるからちょっと遊ぼう、という進め方でも毎日遊ぶことができる。全然億劫にならない。
世界観・シナリオは初代をほぼ忠実に再現している。変に改変・再解釈することなく、古典を古典として描いているのは非常に好印象だ。
音楽は標準、アレンジ、オリジナルの三種が入っており、設定から切り替えることができるようになっている。どれも味があって素晴らしい。
クリアにかかった時間は、寄り道などをそこそこ行って50〜60時間程度。長すぎず短すぎず、平均的だと感じている3。
……と、以前からのファンである私がつらつらといつも通りのレビューを書いても、これを読まれた方は納得しないかもしれない。そのため、まずは今作の客観的な評価指標を示そう。
客観的な評価指標
まず、以下のスクリーンショットを見てほしい。これは発売日翌日に撮影した Steam の売上ランキングである。
ご覧の通り、国内とはいえ、発売翌日の売上が一位というのは極めて大きい。また、日本ファルコム公式によれば発売日には Nintendo Switch のダウンロードランキングでも一位を獲得したようだ4。これほどの勢いは近年のファルコムでは初と言っていいほどである。
さらに、レビュー情報を集積している OpenCritic でも、 10月8日現在、 55 件のレビューを踏まえた Top Critic Average は 90 となっている5。これは Hollow Knight: Silksong やドンキーコング バナンザとほぼ同じスコアである……と書くと、その凄まじさが伝わるだろうか6。
なお、黎の軌跡の同スコアは 84 、黎の軌跡 II は 78 、イースXは 79 であるから、ファルコム製ゲームのスコアが日頃から良いというわけではない。今作がそれだけ特別なのだ。
その他の指標も極めて良好だ。Steamを見ると、ガンホーがリリースしている日本語・グローバル版7は10月08日の時点でレビュー数 1378 件にて「非常に好評(87%が高評価)」、CLEがリリースしている繁体字・ハングル版8は10月08日の時点でレビュー数 2270 件にて「圧倒的に好評(97%が高評価)」となっている。特に繁体字圏からの支持が根強いことが窺える。
しかし「この高評価は原作である『空の軌跡 FC』によるものであって、リメイクである今作が良いというわけではないのでは」と訝しむ方がいらっしゃるだろう。
無論、これらの結果を生み出したのは「空の軌跡」という作品そのものが優れているというのもある。閃の軌跡以降のシリーズが気に入らないと仰る方は特にそう思うかもしれない。
だが、それは違う。初代の「空の軌跡」はあまりにも古すぎるのである。冒頭に述べたように、初代は20年前に設計されたゲームだ。グラフィックはもとより、各種システムがオーパーツさながらに古めかしい。全くプレイできないわけではないが、JRPGが好きな人間以外にはおすすめしにくい代物だ。 OpenCritic でも初代のレビューは発売から20年経ってなお10件しか存在しない。相当ニッチと言わずして何というのか。発売から三週間で 55 件のレビューを獲得している今作とは対照的である。
このサイトにアクセスするような聡明な方であれば、以上の説明で「今作は評判が格段に良好で特別なものである」とご理解いただけたことだろう。
これらを踏まえ、次の章からゲームの構成要素のそれぞれを掘り下げていく。
グラフィック
本作で一番の評価点は、何よりもグラフィックに他ならない。ファンタジー世界に最も溶け込むルックでのフル3D9化を達成しており、リアルすぎずトゥーンすぎるわけでもない、ちょうどいい塩梅に仕上がっている。
初代では見下ろし型でしか把握することができなかった街や街道、フィールドのあちこちを散策するだけでも、過去作をプレイしていた身としては楽しい10。マノリアやヴァレリア湖の美しさには見とれてしまったほどだ。
とりわけ素晴らしいのが、フル3D化以降、ファルコムが最も苦手としていた分野である「攻撃時のモーションおよび演出」である。
ファルコムのフル3Dにおける課題を振り返る
2013年の閃の軌跡から、軌跡シリーズはフル3Dになっていた。それまでのチビキャラチックなミニ3Dから、リアルな頭身のキャラへとシフトチェンジを図ったのだ。
しかし、今までチビキャラでやってきたファルコムがいきなりフル3Dにしたところでノウハウや技術力が追いつくはずもなく、品質面でかなり悪い部分が目立つようになってしまった。
閃の軌跡I/IIはPS Vita向けなので多少の欠点には目を瞑るとしても、PS4向けの閃の軌跡IIIやIVに至っては擁護のしようがない。
両作品ともモデルの出来はこなれた感じがするものの、とにかくモーションと演出面が全くダメだった。当時の悪い部分を煮詰めた象徴的な演出こそ、閃の軌跡IIIでの伝説的なカットシーン『等速直線運動』11である。あまりの馬鹿馬鹿しさに、初見では思わず言葉を失ってしまったのを今でも覚えている。GIF動画にされてネットミームになったのも当然である。
今作のグラフィック、特にSクラフト演出は「抜群にカッコいい」
まさか、クラフト演出で「カッコいい」と感動する日が来るとは思わなかった。
創の軌跡以降、重要なカットシーン・寸劇のモーションはきっちり仕上がってきていた。クラフト演出も黎の軌跡以降はかなり改善され、見て楽しめるものが増えていたのは事実だった。
しかし、それでも若干の不安があるというか「微妙に刺さりきらない」部分が残っていたのだ。当時は言語化できず微妙にモヤっとしていたのだが、今なら分かる。モヤついていた理由は、カメラワークの悪さと演出の断続性である。
閃の軌跡では顕著なのだが、モーション数の不足なのかカット割が下手なのか、とにかくモーションを挟んではカメラを切り替え、挟んでは切り替え、最後にとりあえず派手なエフェクトを再生……というのが、これまでのファルコムの常套手段だったように感じる。
それが、今作にはほとんどない。クラフト演出は開始と終了までカメラが切り替わることがほとんどなくスムーズで、その中にきっちりモーションやエフェクトが詰まっている。攻撃演出として完璧と言っていい。前作である界の軌跡よりも良くできている。
特に、リシャール大佐のSクラフト『残光破砕剣』は本当にカッコいい! 敵としての強さを分かりやすく示しつつ、八葉のスタイリッシュさが無駄なく表現されている。敵の必殺技としてこのクラスの演出が表現できるようになったという事実に、私は本当に、心の底から嬉しくてたまらなかった。等速直線運動でバカにされていたファルコムの姿はもうない。これならどんなシーンでも安心して眺めることができるだろう。
思い返してみると、イースXの戦闘におけるフィニッシュ演出がまさにこの形だった。イースで培った技術が軌跡にも活かされていると考えると、感慨深いものがある。
階段ガタガタや足だけバタバタという不自然な演出もかなり低減
普段ファルコムが手を抜きがちな部分も、今作では割とケアされているように見える。
個人的に黎の軌跡のカットシーンで気になっていた「人物が階段を降りる際、露骨にガタガタと動く」や「足の動きとキャラの動きが一致しない」といった問題も、かなり存在が減っていた。ノウハウが溜まってきたのもあるだろうが、時間をかけて調整を進めることができたことが伺える。このあたりは新作と異なり、リメイクが故に工数を割くことができたのかもしれない。願わくば、リメイクではない新作でもこの配慮を活かして欲しいと強く感じた。
ただ、減ってはいるものの、ゼロになったわけではない。序盤に出てくる鉱夫たちは足の動きと速度が噛み合っていなかったし、飛行船内などカットシーンの一部では相変わらずガタガタとしている部分が若干あった。おそらく泥臭い対応になるのだろうが、こういうところまで全部キッチリできるようになったら完璧だろう。
キャラクターのモデルもいい
今作はキャラクターのモデルもしっかりしている。特に主人公であるエステルはロングツインテールで、雑なゲームだと髪の毛が腕を突き抜けたり、不自然な物理法則で荒ぶったりしてしまうものだ。
しかし、今作はちゃんと処理されている。エステルをその場でぐるぐる回しても、髪の毛が体の周りできちんと弧を描く。私が見た限り、体を貫通してしまうこともなかった。素晴らしい!
エステル・ヨシュアはもちろん、シェラやオリビエといった準主人公格も抜群だ。シェラに関してはかなり胸部が強化されているのが気になるが12、オリビエやティータ、ジンもみんなかっこいい。オリビエは初代の頃の放蕩っぷりが仕草や表情にまで現れていて、最高と言うしかない。
強いて言うなら……
強いて言うならという但し書き付きではあるが、若干ながらまだ課題に感じた点もある。最終盤のステージのカットシーン背景で顕著なのだが、一部の「明暗差が激しく細かい装飾がある背景」では顕著にアンチエイリアスの不足を感じてしまった。明確に不満と感じるレベルではなかったにせよ、終盤のカットシーンということもあり、どうしても気にしてしまったのは否めない。
マルチプラットフォームを考慮した設計ゆえなのかもしれないが、少なくともPS5やSteam (PC)ではより高品質な処理を行う余地があるはずだ。続編の2ndでは、是非この点の改善を期待したい。特に2ndの終盤の美しさは1stのそれを凌駕するので、こういった余計なことを感じずに楽しめることを強く望む。
ゲームシステム
総評でも述べたが、リメイクにあたり、各種システムが大幅に更新されている。とはいえ、初代の「食べて覚える料理システム」や、クオーツをはめ込むことで使えるようになるアーツシステムの面白さは健在だ。
便利になった数々のシステムたち
デザインの更新はもとより、もはやシリーズでお馴染みとなった倍速モードもきっちり搭載されている13。
そして、PS5版に関してはロード時間が極めて短い。ロード画面のちびキャラはその時折に応じて表示が変わるのだが、そのためにあえて暗転させているんじゃないかと思うくらいで、極めてストレスフリーであった。
また、地味に嬉しいのはマップから行きたい場所を選んですぐにワープできるファストトラベルが導入されたことだろう。今作はリアル頭身になっただけに、これがないと探索のテンポが落ちてしまうのが確実だった。ファストトラベルのおかげでサブクエストも抵抗なく受託し各地を見て回ることができる14。
洗練されたフィールドバトル
黎の軌跡で初めて導入されたフィールドバトルモードだが、今作にも輸入されている。使うボタン数・操作はシンプルでありつつ、ここぞというときにコンビアタックを使うことで敵をスタンさせることができたりと、快適かつ爽快なシステムだ。
特にコンビアタックはかなり気持ちが良い仕組みで、雑魚敵に対しては薙ぎ払い的な使い方ができるし、強力な敵に対してはスタンを与えて先制した状態でコマンドバトルモードに望むことができるのでとても重宝していた。ある程度シナリオを進めないと解放されないのも、個人的には成長した感があって好みである。
ちなみに、時系列的な最新作である「界の軌跡」でのフィールドバトルではもっと色々なことができたはずなのだが、使うボタンも多い上に用語も多くて辟易とした面があったので、今作くらいの塩梅がちょうどいいのではないかと思ったりする。その点、今までの反省が踏まえられているような気がして、一ファンとして嬉しく感じた。
一方で、今までのコマンドバトル部分も当然しっかりしており、手を抜いた感じは全くしない。クラフトやアーツ演出が今回はことさら丁寧だったので、普段なら倍速とかで飛ばしてしまう場面でも鑑賞しているケースが多かった気がする。
NORMALで歯ごたえのある難易度
これは良い意味で最近のゲームらしくない部分ではあるのだが、NORMALでもしっかりRPGとして探索を行ったりレベリングを意識していないと、まあまあ苦戦を強いられる。
なんならレベリングをしていても戦い方が悪いと普通に負けてしまったりもするため、リメイクしたとはいえど初代の血が流れているような気がする。クロックアップでSPDを上げたり、アースガードやラ・ティアラなど範囲バフを駆使しないと後半はなかなかつらい。後は混乱や即死などでパーティーが崩壊しないよう、ちょこちょこ装備にも気を遣う必要がある。あれこれ考えながらパチパチとビルドを試すことができるのはRPGの醍醐味だ。
とはいえ、負けるたびに「難易度を下げて挑戦」のメニューも出るし、アイテムや料理を良い感じに使うだけで戦況を一気に逆転させたりもできるので、極端に難しいわけではない。決して理不尽ではなく、多少頭を使わないと進められないレベルのヒリツキ感が味わえるという点で、シリーズで一番古いのに一番新鮮味を感じたような気がする。良い。
世界観
あまり変化がない部分とはいえ、シナリオとキャラクターについても簡単に述べておく。
初代に忠実なシナリオ
ことシナリオに関しては初代の移植であり、特段リメイク版である今作ならでは・優れている部分というのはほぼ皆無だ15。
グラフィック・システム・サウンドなど他の要素が軒並み更新されているが故にこの部分は際立って見えるが、しかし、下手に現代基準で作り直されるとそれはそれで興ざめというものだろう。シナリオというのは軌跡シリーズのようなストーリー重視RPGの根幹であって、そこをいじる・調整するというのは、作品のテーマや世界観設定、意義をも変えてしまいかねない。現代に適したものは、黎の軌跡のように新しい作品として切り出せばよい。
だからこそ、初代に徹底して忠実であるという点は評価できるポイントなのだ。所々に散りばめられた90〜00年代の香り——初代で楽しんだ内容が当時のままプレイできるという点で、いわば純粋な「アップグレード版」である。そう割り切れたので、最初から最後まで私はむしろ安心してプレイすることができた。空の軌跡はこのままで良い。キャラ造形や生み出された世界が後作に引き継がれていく過程を含め、その名誉も業も、過去の作品とそれを担った人々に贈られるべきだ。
ところで、本作のシナリオそのものは現代においても全く色褪せることはない。「やーりぃ」「モチのロン」といった口癖には時代を感じつつも16、作中の人々が示す価値観や思想信条、差し込まれる台詞には今でもハッとさせられるものが多数ある。カシウスやリシャール、モルガン、アリシアといった大人たちが話す言葉は、戦争の渦中にある今の時代でこそ重みを増しているだろう。
例えば、モルガンが序盤で主人公たちに「民間団体に重要な情報を流せるわけがない」と怒るシーンがあるのだが、冷静に考えればそれはそうである。軽々しく機密情報を差し出すわけにはいかないという常識へ納得しつつ、それほどに高潔な軍部がどうやら腐っているらしいという滑稽さが透けて見えてくる構造が面白い。軍が云々というわけではなく、組織運営の難しさにどこか親近感を抱くからだ17。
本作の結末は初代と何ら変わらないのだが、何度見たって美しい。どれだけの年月が経とうとも、古典の傑作というものは良いものである。
キャラクター
こちらについてもシナリオと同様、初代に忠実なキャラ設定だ。閃の軌跡以降の後続のゲームをプレイしている人間からすると、何もかもが感慨深い。今作に限って言えば、やはり主人公二人が旅を通じて成長していく過程が見事に描かれていると思う。エステルの成長もそうだが、ヨシュアの成熟も目を見張るものがあった18。
改めて思うのは、空の軌跡の登場人物たちは誰もが魅力的だ。これには主人公たちはもちろん、町や村の住民や悪役たちも含まれる。現実がそうであるように、人々がそれぞれの思惑と信念を持って生きているということが物語を通じて示されているのだ。綺麗事だけではない、嫉妬、後悔、懊悩……そういった複雑な感情を持った人間たちが、リベール王国という国の中に息づいている。話しかけられるキャラには細かく名前と台詞が用意され、彼らと話すことで初めて見えてくる輪郭すら存在するというのは、何度触れても感動的だ。
個人的には、空〜碧までは主人公や主要人物の数が限られていただけに、キャラの掘り下げが無理なく行われていたように思える。特に空の軌跡は主人公がたった二人で、リベール王国を足を使って探索するという流れになっているのが大きいのだろう。これによって物語の立ち上がりがやや遅く劇的な展開は描きづらいというデメリットがあるものの、人物像の掘り下げや「時間をかけて本当に冒険をしている感」をしっかりと得ることができている。零や碧も主人公数が絞られているが、あちらはクロスベルという土地があまりにも狭すぎるという欠点を抱えていた(だから悪いというわけではなく、あちらはあちらで良い点が多いし、私は零の軌跡が一番好きだ)。
反面、改めて見るとシンプルだなあと感じる側面もあるのも事実だ。人数が少ないということは、取ることができる展開や描き方に限界があるのとニアリーイコールである。例えば00年代に『セカイ系』が持て囃された一方ですぐ廃れてしまったのは、構造上、物語やテーマに広がりを持たせることが困難であったからに他ならない。
空の軌跡の人物たちはみんな魅力的だ。しかし同時に、リベール王国はある種の潔癖さをも感じさせる。誰もが優しく、同情的で、偉大な女王が民を治める、理想的な田舎像を反映したような世界だからだ。そして現実問題、そんな世界は実在し得ないのである。
だからこそ、零・碧ではクロスベルという「清濁併せ呑む混沌」が描かれた(その混沌を「壁」と評していたのがロイドである)。だが、それでも本当の「混沌」を描くには人物の数を含めたスケールが小さすぎた。
ゆえに、閃の軌跡という学園モノが生まれたのも(時代の流行もあろうが)必然だったと言えよう。その代償はIII/IVによる『焼き直し』によって払わされることになってしまったが、創の軌跡のCルートや黎の軌跡ではその反省を活かして、主人公格の数や内訳を調整するという手段が取られたと感じる。Cルートは純粋に空の軌跡リスペクトと言っても過言ではないし19、黎の軌跡ではヴァンを含め全員を「異質」にすることで人数をヘッジした。黎の軌跡では、過去作では到達し得なかった「人間の複雑さ」を描くことにも成功していたように思える。空の軌跡の構造では、絶対に実現し得なかった。これは紛れもなく進化に他ならない。
サウンド
本作のBGMは良い意味で少し変わっており、本作版、過去のアレンジ版、初代オリジナル版の三種類が収録されている。オリジナルはもちろん、アレンジ版、本作版のどれもに味があって良い。
ボイスについては、品質はとても良かったと感じた。一方で過去作からの声優変更が尾を引いており、ファンの中には未だ受け入れられていない方もいるようだ。個人的にはこの点についてさほどこだわりがないが、まあ既存ファンからすれば賛否両論あるだろう。
BGMは三種から切り替え可能
今作では、今作アレンジ版の『標準』、空の軌跡 FC Evolution(通称Evo版)の『アレンジ』、初代から引き継いだ『オリジナル』の三種を、設定からいつでも明示的に切り替えて聴くことができる。私はずっと「標準」にしていたが、好みに合わせて切り替えると良いだろう。
というか、これらをちゃんと入れることができる上に任意で切り替え可能としているファルコムは偉い。過去作ファンをみんな大事にしているというのがよく伝わってくる。
空の軌跡の音楽は概して曲調が明るく、ほっと一息つける感じが特徴だ。特にエステルとヨシュアが最初に向かうダンジョンで流れる通常バトル曲「Sophisticated Fight」が典型で、初代のバトルで初めて聴いたときは妙に明るすぎて正直ピンとこなかったのだが、何度か聴いているうちに段々良さが分かってくるというスルメ曲である。
個人的には、今作の曲はどれも気に入った(さほど変更がないのも大きい)が、コマンドバトル時の Sophisticated Fight はやはり燃える。「FC(the 1st)と言えばこれなんだよなぁ」とぼやきながら、ビールを片手にバトルを繰り広げていた。
その他、ピンチになったときに流れる「ピンチ!!」を含め、全体的にバトル中の曲がバトルらしくない。しかし、プレイを進めるにつれてリベール王国の世界に浸かってくると、これが驚くほどにフィットしてしまう。
「消えた父を探す」という重い理由があるはずなのに、恋すら知らぬ純朴なエステルとヨシュアのコンビはどこ吹く風、青空の下で天真爛漫にリベール中を駆け巡っていく二人。彼らを支える音楽は、やはり明るく朗らかであるべきなのだ。
星の在り処は神
『星の在り処』はどうやったって名曲である。エンディングのアレンジも神。私は、この曲にこれ以上語る言葉を持たない。
ボイスも良い
既に述べた通り、個人的にはボイスもみんなキャラに合っていて良かった。
また声優変更について賛否両論あるのは認識しているが、私は声優に対してあまりこだわりがないという性格なため、そこまで気にならず。が、ファンで抵抗がある方がいるのも分かる。主人公の年齢やシリーズの長期化を踏まえた判断だと言われたら、私はすんなり受け入れてしまった。
また、一部台詞でボイスが出ないのは変という意見もあるようだが、ぶっちゃけFCはボイスほとんどなかったしなあ……という感覚でいる。フルボイスが理想的なのはそう。
その他
- オリビエの良いキャラっぷりが作品を通して遺憾なく発揮されている。ハーケン門でのシーンは必見。初代でも良かったが、フル3Dで綺麗に制作されると一層シュールさが際立つ。
- それにしても『琥珀の愛』、良い曲である。
- 少なくともPS5版は処理落ちやエラー落ちを一度も体験しなかった。というかバグらしいバグにも遭遇していない気がする。いくらリメイクとはいえ、現代においてこれはすごい。すごいぞファルコム。
- Steam版の売り方や翻訳でややトラブルがあったらしい(GungHo版の高評価がCLE版と比べて低い理由がそれ)ので、2ndでは解決されることを望む。細かいところで評価を落とすのはもったいない。作品単体の品質としては間違いなく『圧倒的に好評』のポテンシャルがある。
- 初代踏襲とはいえ、リベール王国にはお手洗いという概念がないのは気になる。風呂はあるのに。
- 野暮と言えば野暮だが……。
- グランセル城で操作できるヒルダのモーションが地味に好き。
- 別にすごい綺麗なわけでもないのだが。
まとめ
今作の進化は「突然変異」ではなく、「十年以上の努力・積み重ねの成果」である
私が今作の改善点の全般において指摘したいところが、まさにここだ。
今作は「頑張ったらできました!」レベルの『突然変異』 ではなく、 むしろ「十数年間ボロクソに言われながらもめげずに改善を続けた結果、ようやく到達できました」という、文字通りの意味で『努力・積み重ねの結晶』なのである。
例えば、フィールドバトル。これも今作に突然導入した上でいきなり成功したのではない。3作品前の黎の軌跡で初めて導入し、そこから毎作品ごとにコツコツと改善や変更を行ってきたからこそ、その集大成として今作の絶妙なバランスに落ち着くことができたのだ。実際、前作『界の軌跡』では使うボタン数が多い上に複雑で混乱してしまった、というのはすでに書いた通りである。その反省が活かされているであろうというのは想像に難くない。
グラフィックやモーションにしてもそうだ。初代のリメイクだけあって気合いが入っている側面もあるにせよ、改善が始まったのは4作品前の創の軌跡からである。今作で一気にブレイクスルーを迎えたわけではない。創の軌跡の段階ではあくまでごく一部のカットシーンに限定されていた。黎の軌跡から導入されたFalcom Developer Kit (FDK)と呼ばれる内製エンジンによりグラフィック品質は確かに上がったが20、それでも当初はエレインの階段ガタガタや車のロケットスタートなど、あからさまに不自然なモーションは多く残っていたものだ。そこで慢心も見切りもせず、コンスタントなリリースの中でも常に改善に努めてきたからこそ、今作の傑出した品質がある。
これをもってファルコムは、近年のゲーム業界を蝕む「開発期間の長期化」「莫大な制作費」「ヒットか撤退かの大博打」といった負のスパイラルに、堂々と一石を投じられる存在となったと言える。毎年コンスタントに作品を出す一方で黒字を堅持、大事なところではカチッと決められる存在は現代において希有だ。これこそ今のゲーム業界、ひいては日本全体に求められている経営の姿なのかもしれない21。
本作は単なるリメイク、単なるノスタルジーの称揚ではない。戦争と親子、軍隊と腐敗、技術革命と混乱、政治と平和——人類が直視しなければならない不変のテーマに向き合いつつも、重苦しさや説教臭さとは無縁である。
『ゼムリア大陸・リベール王国』という豊かなファンタジー世界を通して、我々の頭上に広がる深い青空のように、一人一人の心へ穏やかで明るい兆しを与えてくれるだろう。
https://dengekionline.com/article/202406/8382 より「制作期間で言うと、『空の軌跡FC』に3年、『空の軌跡SC』にも2年かけています。」とある。 ↩︎
難易度は NORMAL 。下の難易度にした上で寄り道を削れば、30〜40時間でクリアもできそうな気がする。 ↩︎
もちろん、レビュー数が既存の人気作に比べると少ないという点は留意が必要だが、それでも30以上のレビュー数で高得点というのは簡単でない。 ↩︎
ここで用いる「フル3D」の定義は「キャラクターが現実の人間と同様の頭身となり、そのスケールを基準とした3D世界が構築され、その中を自由に操作し回遊できること」とする。 ↩︎
リアルになった反面、人口の設定に対して街や村のサイズが小さすぎるだろとツッコミが出てしまうのはご愛嬌。 ↩︎
ここ最近のファルコムはずっとこんな感じである。 ↩︎
空の軌跡においても、Xseed Gamesによる海外向けのバージョンには高速モードが含まれている。 ↩︎
それでも序盤のサブクエストを面倒がって後回しにしてしまった結果、二つくらい期限切れになって消えてしまった。悔恨の極みである。 ↩︎
リメイク版で一部の台詞の置き換えや追加がなされているようだが、本編に影響するほどではないので割愛する。 ↩︎
生まれてこの方、「やーりぃ」を現実で使っている人間を見たことがない。唯一記憶に残っているのは、機動警察パトレイバーのOVA(1988年)における泉野明の台詞くらいだろうか。 ↩︎
カシウスが抜けた途端ガタガタになる軍と遊撃士協会、いろんな意味で不安になる。軍に関しては不安通りの展開であったことが後に分かるが……。 ↩︎
それだけに、ラストの衝撃が凄まじいわけだが。 ↩︎
スウィンとナーディアは、明らかにエステルとヨシュアを意識しているだろう。だが、エステルとヨシュアは良くも悪くも「模範的」で健全な関係性だったのに対し、スウィンとナーディアは「はぐれ者」ゆえの依存的な関係性であったと言える。これを変えて成長に導くのがCとラピスであり、一方で彼らも実存的な課題を抱えていて……というのがCルートの妙なのだが、話し始めると長くなってしまうので別の機会に。 ↩︎
https://automaton-media.com/articles/interviewsjp/kiseki-20250901-355966/ あたりを参照。 ↩︎
とはいえ、今までは「もう少しリスクテイクしてもいいのでは」と株主目線で思わなくもなかったが。今作の出来映えと評判を見ると、これを続けてくれるなら良いかと心変わりしつつある。我ながらチョロい人間である。 ↩︎
