耳鳴りと謙虚な精神


奴は突然やってきた

昨日の夜のことです。大学からの帰路、駅のホームにやってきた電車へ乗ろうとしたとき、それはやってきました。

キーンという高い音。耳鳴りです。みなさんもよく経験があると思います。まさか耳鳴りを経験したことがないという方はいらっしゃらないでしょう。
私だってそうでした。ふむ、耳鳴りか、と気にも留めず、さっさと電車に乗り込みます。
しかし、数分後にはすっかりこの耳鳴りのことが頭から離れなくなってしまいました。そう、一向に収まる気配がないのです。乗り換えのためにホームに降りても、別の電車に乗っても、とうとう自宅の最寄り駅のホームに降りても、耳鳴りは収まりません。
はて、困りました。自宅に帰って、お風呂に入って、布団に入ってみます。治りません。これは一大事だぞと、明日病院に行かねばと決心してその日は寝ました。

そして今日。耳鳴りは落ち着いていたものの、プールの水が左耳に入ったままのような、そんな違和感を感じます。病院へ行って聴力検査を受けたところ、予想通りというか、我が左耳は高音を聴き取ることができないようになってしまっていたのでした。つまり人力ハイカット状態で、これが耳の違和感と耳鳴りの原因だったわけです。
医師の方から直接病名を伺うことはできなかった1のですが、これが所謂突発性難聴なのかもしれません。二十代前半の私がそんな病にかかるなんて日頃どれだけストレスを抱えているんだと言われそうですが、そうですよ、私は健常者と比べて現代社会に抱く怒りと悲しみが人一倍強いのですから2、さもありなんと納得すらしてしまいます。

さてこの耳鳴り、私の精神には存外堪えているらしく、病院から大学院に戻って午後の講義を受け終わった頃になると、凄まじい倦怠感と鬱々とした気分が心を埋め尽くしていました。病は気からと言いますが、裏を返せば病と心はリンクするほど密接な関係にあるということで、ご多分に漏れず私の心も病にやられてしまったのです3。精神科に通うほど日頃から精神が脆いくせに、ここに病のパンチが決まってマトモでいられるはずがありません。

そこで、早めに研究を切り上げて帰宅をしようとしたわけですが、電車の中でニュースや新着情報を巡っているうちにどんどんと気分が悪くなってしまいました4。そうして暗澹たるニュースとそれに対する意見らしき何かを見る度に、世の中と人類に対する負の感情がぐるぐると脳内と神経を駆け巡る心持ちがして、今ここで叫んで暴れられたらどれだけ楽になれるだろうか! と、意味が分からない欲求が心を乱します。
疲れてふらふらと歩く気分で5自宅に戻り、精神安定剤を二倍の量飲んで布団に潜っても、負の感情は消えてくれません。

例えばどんな内容が君の心に刺さっているのよさ、と思う方もいらっしゃるかと思いますので、私の心に負の感情を差し込んだ原因を一つピックアップして、エッセイ形式で書き下してみましょう。

サンプルエッセイ : 目に見えない傲慢さ

ある事件の報道に際して、とあるブログを読みました。それは一般の方(専門家ではない)のブログで、該当の事件に関連する法律の条文のいくつか引用した上で「よって、現状の人々の動きは法律を理解しておらず間違っている。現状がよくならないのはそうした人々に責任がある」と結論づけているものでした。

私はこれを読んで、正直とてもイラッとしました。可愛く書けば『おこ』です。なぜならば、この方は専門家ではないのですよ。法律の専門家でもなければその事件に関連する技術の専門家でもないのでしょう。にも関わらず、表面的な法律の条文とルールだけ解釈して、さもそれが唯一絶対解であるかのように喧伝するというのは、それこそ間違っていると私は思います。

例えば海外のフォーラムなど6で法律問題を含めた議論が展開される場合、『IANAL, …』という書き出しがよく利用されます。これは『I Am Not A Lawyer』の略で、『私は弁護士ではないけれども、……』という書き出しです。
つまり、自分は法律の専門家ではないから誤ったことを言ってしまうかもしれないが、という事実を述べた上で、自分の見解を述べているわけです。
全く正しいでしょう。実際、法律というのは難しいものです。曖昧な条文をどう解釈するか、実際の判例をどう踏まえるか、最近の潮流はどうなっているか……など、一つの事件について考えるだけでも、そこには多くの可能性と考慮すべき点が絡んでくるわけです。
ですから、素人判断で「条文がこうなってるからこうなんだ!」と決めつけてしまうことは極めて危険なことだと思うのです。法律に限った話ではなく、自分の非専門領域全般についても言えることでしょう。

これは「だから素人は黙っとれ」ということを言いたいのではありません。権威にひれ伏せとも言っていません。IANALという書き出しから始める正直さと謙虚さ、これこそが大事だと言っているのです。「正直さ」「謙虚さ」というのは、決して感情論だけのものではないと思うのです。
なぜならば、仮に素人が主張していた内容が不正確・間違っていた場合(そしてこれはそれなりに高い確率で発生するでしょう)、どんな意図で書かれたものにせよ、それが断定的な書き方である限り真っ黒なデマとなってしまいます。文の読み手はそれが事実であるかのように誤認してしまいかねません。
ですが、IANALをはじめ、事前に「私は専門家ではないから誤っているかもしれないけれども、私はこう考えます」と断っておけば、読み手も不正確な可能性を理解した上で読むことができるでしょう。たったその一行、あるいは数行の心遣いだけで、不正確な情報、あるいはデマが『そのまま』出回ってしまうことを防ぐことができるのです7。つまり、論理的にも正直さと謙虚さは大事だ、ということが言えます。

昨今はTwitterを中心にデマ問題が大きく取り上げられていますが、これも根は同じです。『たった百数文字のツイートの中にIANALのような書き出しを含めたら自分がしたい主張ができない』というロジックに負けて、さらに自己顕示欲を満たすために自分の主張の中でもさらに過激な部分だけ取り上げて話題にしようとして、思考の文脈から切り離して、推敲もままならないまま世界に発信する。こんな禍々しい装置が実在し、それが『世間の意見』なるものを発信し続けている。恐ろしいことです。だからこそ、私は(オープン型の)SNS、特にTwitterからは足を洗いましたし、人類全員がやめた方がいいと思っています。

話が逸れました。とにかく、自分が資格を持っているとか、あるいはその道のプロとしてやっていけるだけのスキルセットがあるという状況以外においては、少なくとも結論を断定系で終えるのはやめたほうがよいと思うのです。専門的内容に踏み込んだ根拠を並べるというのは素人が思っている以上に難しいことで、それ故に専門家というものがこの世に必要とされているのですから。

これらを踏まえた上で、一般の人により分かりやすく多くの正確な情報を伝えるにはどうしたらよいだろうか、あるいはどうしたらより多くの一般の意見を取り入れた健全な議論ができるだろうか、というのを考えていく必要があります。教条主義的、保守的に「ただ従えばいい、従わせればいい」という思考に陥るのは最も愚かな思考停止でしょう。自分の考えは本当に正しいか? と、批判的に自分の言論を捉えてみることも大切だと思います。

上記文章を読んで

面倒くさい人間だな、と思われました? 申し訳ありません。しかし、私は常日頃から(特に今日はひどかった)ずっっっっっっっっっっとこんなことばかりが頭を巡っています。嫌になりませんか? 私はなりました。そしてめでたく精神科通いです。今日から耳鼻咽喉科も追加されましたね。全く、精神が脆いといいますか。
前述した文章の内容と絡めると、私は物申す系の記事の八割は読むだけでイラッとしていますし、不安を煽って周りを萎縮させるタイプの人のウェブサイトは苦手過ぎてuBlacklist8を利用して検索結果に表示されないようにしています。
それでもふとした拍子に私の精神は軋むのです。ちょっとしたきっかけでいろいろなことを考えすぎてしまいます。精神だけならともかく9、これが私の左耳のように実際の体にまで影響を与えるようになってきてしまうとなると、もはやどうすればいいのやらと青息吐息。
見方を変えれば、ほとんどの人が気にもかけないようなところに気がつくようになった、というメリットもあるかもしれません。「うつ病患者の方が正しい現実認識ができている」という話もありますし10。ただ、それで自分の精神が参ってしまったら意味ないというか……。

世の盲冥、私の闇を切り裂いてくれるものはあるのでしょうか。今の私には分かりません。こんな私を何とかするにあたり、何か案がある方がいらっしゃいましたらメール等でご連絡ください。雑談でもいいです11


  1. 聴力検査の結果を見た医師の方から「ちょっと意味分かんないんだけど、高音だけが聴き取れてないみたい」と言われ、そうか、意味分かんないのか……と少しだけしょんぼりした記憶があります。 ↩︎

  2. 精神科に定期通院してお薬をもらうほどには精神を病んでいます。映画『JOKER』を観たときは、普段の自分の精神世界がそのまま描き出されている気分で、その反響を見るにつけ、きっと多くの人は違う世界を生きているのだな(そしてその世界は数年前まで自分が居たはずの場所なのだ)……と少し寂しい気持ちにもなったものです。 ↩︎

  3. 弱った精神が病を呼び、病が弱った精神をノックアウトしました。 ↩︎

  4. そんなもの見るなと言われそうですが、IT業界に身を置く人間として、最新の情報をキャッチアップしておかないと置いていかれてしまうという恐怖感、あるいは強迫観念があるのです。こればかりは職業病だと割り切ってはいますが……。 ↩︎

  5. 実際にふらふらとしているわけではなく、精神世界の中の自分がふらふらと歩いている感覚です。 ↩︎

  6. IT技術系の話題の場合、RedditやHackerNewsなどが代表例でしょう。特にHackerNewsはレベルが高い議論が多くてとても参考になります。 ↩︎

  7. 「デマをデマと捉えることのできない読み手が悪い」みたいなことを言う人がいますが、(発言する人も分かって言っているとは思うけれど)単純な責任転嫁だと思います。なお、冗談の文脈でこの文を使うのは個人的には好きです。 ↩︎

  8. Google検索結果から特定ウェブサイトを非表示にできるブラウザ用アドオン。 https://addons.mozilla.org/ja/firefox/addon/ublacklist/ 参照。Android版Firefoxにも対応しています。 ↩︎

  9. 全然無事ではない。 ↩︎

  10. 『抑うつリアリズム』と呼ばれるものらしい。最近も話題になっていた。 https://gigazine.net/news/20191020-depressed-people-see-world-realistically/ 参照。個人的には主張に納得したい反面、やや懐疑的。 ↩︎

  11. 雑談自体は割と好きなんですよ。 ↩︎