夢の無人島生活
「獲ったどー!」なんて、今の子供たちには通じないのかもしれない。でもきっと、大人の世代——20代以降の人間には、この言葉の意味が伝わるはずだ。
ゴールデンタイムに放映されるバラエティ番組。今でこそテレビの力はめっきり削がれたが、私が子供の頃は未だ健在だった。食事中のリビングはもちろんのこと、小学校で友人と話す話題といえばゲームかテレビ、漫画の話なんかが多かった気がする。
中学生以上になると部活や授業、私生活の不安や不満なんかも話題に上がるようになるわけだが、小学校の段階で子供たちが目を向けるのはそんな程度の低い話ではない。子供社会において話題性を持つのは、純粋な面白さや夢を与えてくれる話題——分かりやすいコントや音楽、あるいは無人島生活であったりした。
誰にも——社会にすらも邪魔されない環境で、自由気ままに過ごす生活。新たな冒険と発見、大自然の神秘、適度な危険に、好奇心をくすぐる生物たち! 夕日を背景に魚を捌く芸人を眺めながら、もしも無人島に行けたなら……なんて、想像を膨らませていたものだ。
今になって考えてみれば、テレビに映っていた映像は『編集後』のものであったことは間違いない。番組では無人島ロケ滞在時間を2〜3時間程度の枠に圧縮しているのだから、残りの9割はさぞかし退屈な映像だったに違いない。体調1や天候への対応といったリスク管理は当然撮影の裏側で行われていただろうし、無人島といえど無断での立ち入り・伐採・漁業・火器使用は行えまい2。企画段階から綿密に金銭を伴う交渉が発生しているのは確実だ。
悲しいかな、かくして資本主義は日本中の万物を権利の束で雁字搦めにしているのである3。
無人島のフィールドワークへ
……なんて、夢のない説教話をつらつら語るだけでは、SNSで脳みそをドーパミンに焼かれている哀れなる者たちと何ら変わらない。他責ばかり垂れて行動しない人間はAI以下であり、まもなく社会からドロップアウトする宿命にあるというのは今や常識である。
そういうわけで、データセンターの電力を賄うための燃料として焼べられたくはない私は、今年の夏の某日、友人たちと合計6人で某無人島で一泊二日を過ごしてみることにした。あることないことを語るだけのLLMには実現できない、俗に言うフィールドワークというやつである。
私個人としては、かつて夢見たキラキラ無人島生活の実際を身をもって確かめるという意気込みだったが、声をかけて集まってくれた友人たちの思惑は未だ不明だ。「隔絶された場所で酒盛りバーベキュー・キャンプをやってみたかった」というのが本音だったのかもしれない。まあ、いつだって結果が全てで、経緯は割とどうだっていいのだ。
兎にも角にも人は集まった。二十代も終盤となると自然と計画性が身につくもので、前日夜になってから慌ただしく買い出しや準備を行い、善は急げとそのまま当日の朝を迎える。早朝からレンタルしたハイエースで港へ行くと、そこから漁船に乗り換えて無人島へ。
なお、この島は自治体が所有しており、その一日使用権を中間業者経由でレンタルした形だ。持ち込みが面倒そうな調理用具などのオプションも併せて借りて、6名で諸々17万円程度。存外、ハードルは高くない。絶妙に夢があるような気もするしないような金額感と言える。
船で揺られること数分後、降ろしていただいた場所は石積みの船着場(?)で、ここにドサドサと荷物を降ろし終えたところで船が去る。無人島生活が華々しくスタートした。
さて、まずは荷物を島の陸側へと運び込まなければならない。が、上陸した地点の足場はゴツゴツとした石ばかりで非常に不安定かつ歩きにくい。一方、寝るためのテントや水・食料といった重要な装備はことごとくクソ重い。そして当然、海に面しているので潮の満ち引きという概念があり、徐々に海水もせり上がってきているのである。意地でも運ばなければ文字通り死ぬ。
上陸・設営
そんなわけで、無人島で一番力と神経を使うのは上陸時の荷運びである、という貴重な学びを得つつ、冗談抜きで一時間弱ほどかけて荷物を運んだ。バラエティ番組も、せっかくなら上陸後の荷運びから放映すべきだろう。視聴者の同情を買えること間違いなしだ。
なお、写真奥に桟橋が見えるが、これは上陸時点での潮の状態によって使えるかどうかが変わってくるらしい。海は難しいね。
荷物を運び終えた時点で疲労困憊だが、休む間もなく次はテントの設営を始める。昼になるにつれて曇りが晴れに変わってきており、日差しを遮る必要性が高まってきていた。
無人島なので島の中央に木は生えているのだが、人間が切り開いていない自然というのは往々にして「密生」であり、物理的に立ち入ることが困難である。現代人がイメージする自然は自然でないというのを肌で実感しつつ、紫外線に焼かれながらもなんとかテントを立て終えた。この時点で昼前くらいだが、想定の5倍くらいのペースで体力を大幅に消耗している。「あと21時間もある」と誰かがぼやいて、ピカピカに照らされた全員の表情が一気に曇った。ホラー映画ならここで一人目が殺されているはずだ4。
気分を切り替えようと、全員でとりあえず島を散策することにする。せっかくの無人島、たったの21時間しか残されていないのだから、ゆっくりしていては損なだけである。決して安くはない17万円、きっちり元を取らねばなるまい。
島をまずは半周
よっこらせと島の外周を歩き始めると、かつて有人(といっても時折人が通っていた程度だろう)だった頃の名残か、波に削られ続けている石造りの生け簀のようなものが見えた。こういった放棄施設、廃墟を目にすると胸が躍る。機嫌が上向いてくると自然とあちこちに目がいくものだが、ふと視界をちょろちょろと何かが動いたような気がした。が、近くを見ても何も見当たらない。周りに声をかけてみると、友人から「フナムシ5だ」と答えが返ってきた。確かに、奥に行くにつれて個体数が増えてきたのか、我々が近づくのを察知してサッと逃げていく大量の小さな虫たちが視認できるようになってきた。
奥の岩場に大群がびっしり張り付いていたので、ズームして撮影したのがこの写真である(インパクトを加味しリンクのみとした)。拡大してよく見ると、ゴキブリと違って虫というよりもエビっぽい感じがする。それもそのはず、フナムシは昆虫類ではなく甲殻類であり、ゴキブリとそもそも分類からして異なるのだ。「海のゴキブリ」という名前もそうだが「フナムシ」なくせにムシじゃないところがややこしい6。
噂として「島はフナムシがヤバい」ということを小耳に挟んだことはあったが、バラエティ番組でフナムシにスポットライトが当たったケースはさほど多くないはず7。噂は本当だったんだと驚くラピュタ的な嬉しさに包まれつつ、一方で普通にゴキブリっぽくて気持ち悪いなという純粋な気持ちも湧き上がる。まあしかし、上陸して乗り込んだのはこちらである。悪く言うのはお門違いだろう。
フナムシの石・岩場ゾーンを抜けてしばらくすると小さな神社に続く階段と、キャンプ地の裏側にあたる海岸への道に分かれた。神社を踏み荒らすのはさすがに気が引けたので、時間があったら軽く手前まで見に行くかくらいに留め、引き続き海岸沿いを進むことに。
階段を横目に、砂浜が見える位置にまでさらに進むと——おそらく自前のボートで来ているのであろう、地元っぽい大人の水着カップルが楽しそうに泳いで過ごしている光景が目に飛び込んできた。
おそらく、全員の頭の中に浮かんだのは一つの疑問だろう。「これはオーケーなんだっけ?」と。
が、結論から言えばオーケーである。予約サイトでも「釣り客やボート等で一時的にやってくる人間がいる可能性がある」と記載があった。この無人島プランは「島への本格的な立ち入り・キャンプについての権利については保障するが、そこに人が全く来ないことは保証できない」ものであり、自治体が管理する公共物である以上は一定飲まざるを得ない側面はあるに違いない。そもそも海である以上、体力や機材のトラブルで漂流せざるを得ないケースも当然あるだろう。
そのため、一応「人がいるかもしれない」という覚悟自体はあった。あったが、上陸時には見当たらなかったということと、ここまで幸せそうに過ごすカップルを見てしまうと、過ごす権利を持っているはずの我々の方が微妙に萎縮してしまうものだ。一応貸し切りという体なんだけどナ……と、空虚な正論だけが頭上で環を作って回り続ける。我々は逃げるように、というか、何もいなかったかのように無視を決め込んでその場を後にした8。
残り半周を歩く
ここまでの半周ではプチ廃墟、フナムシの大群、地元カップルと無人島での新たな出会いがいくつもあったが、残りの半周は、島としてほぼ虚無であった。
残りの半周は上陸地点の真反対、つまり太平洋に直接面しており、見えるものと言えば大海原とタンカーくらいだ。道には草が生い茂っていて歩きにくく、仕方なく堤防の上を歩き続けるほど荒れていた。目立った施設もなく、これこそ無人島という感じなのかもしれない。サバイバルキッズ(非Switch2版9)で言うところの序盤エリアがここだろう。
小さい蟹もいた。食べたら旨そうなどという煩悩が脳裏をよぎったが、今回はお見送り。
島のこちら側にある施設といえば、唯一見つけたのが放棄されたものであろう仮設トイレ群。写真の通り、青々とした茂みの向こう側にあるため到達は困難だった。
また、無人島滞在期間中、場所によっては時折鼻に肥料のような匂いが届いたのだが、ひょっとすると発生源はここなのでは……と考えてしまった。真相は藪の中。
バーベキュー
これらを抜けたところで上陸地点が見えて、一周したし昼食を食べようという話になった。予め準備していた調理セットを開き、無人島らしくバーベキューを行う。当然のように本島のスーパーで購入し調達してきた食材を用いているので漁業権に抵触することもない。
肉や野菜も焼いたはずなのだが、あまりに帆立が美味すぎたためか帆立の写真しか一眼では撮影していなかったらしい。
肉と魚、貝類に舌鼓を打ちながら、同様に購入していたビールと水で喉を潤す。少年が抱いていた無人島の虚像は肉や帆立と共に胃袋へ流し込まれ、ビールと青春のほろ苦さが後味として残る。清濁併せ呑むとはまさにこのことである。
昼下がりと披露
食事を終えた昼下がり。食事中からずっと日が出ていて、文字通り焼けるように暑かった。
このままでは危ないと、私と一部の人間は海水浴を行ったり、別の人間は釣りを試していたりした。ただ、全員に共通していたのは一点。疲労である。
無人島やサバイバル系のバラエティを見ていると、中年の俳優がすぐにクタクタになるのを周りや視聴者がツッコむというのが一種のお約束になっている。
だが、今回無人島を実際に経験して分かったのは、これは恐らくやらせではなくガチである。つまり、無人島は本当に体力を消耗する。直射日光は体力を露骨に奪う、と言うべきだろうか。日焼け止めを常時塗っておくか、長袖の着用は必須だと感じた10。
我々も最初は昼下がりなんていろいろ活動できると思っていたのだが、海水浴組などはある程度海で遊んだら疲れ切ってしまい、日光もあって日陰の草むらで寝転んだまま二時間ほど眠りについてしまった。休憩のつもりが一瞬で意識を失ったらしく、心底疲れ果てていたらしい。起きたら起きたで草の上で寝たせいか微妙に腕が痛いし、肌も部位によってはヒリっとしたままだ。
起き上がって周りを見渡してみる。友人はみな横になり、一人はスマホを触っていた。無人島とはいえ本島が近いので電波はバリ311であり、通信もキビキビ動くことだろう。
海の向こうに広がる本島と白いホテルの建物たちが、夕日の光を受けて橙色に染まっていた。夕方になると釣り客やアマチュアの船も消え、無人感が少しずつ増してきている。
晩飯と夜のアクティビティ
しばらくするとその他寝ていた友人たちものっそり動き始め、晩飯の支度が始まる。といっても疲労はすでに織り込んでいたので、夜はカップラーメンとスープくらいだ。余り火を使って湯を沸かし、日が落ちる海原を眺めながらカレー味のカップ麺を啜った。カップヌードルはカレー味に尽きる。
せっかく無人島に来たということもあり、ここで一人一曲歌を熱唱したり12、しばらくしてから花火をしたりした。
花火も、始める頃には疲労がさらに蓄積しており、実は写真を撮るのが精一杯だったという事情がある。本当に、日光・日焼けは洒落にならないと実感した瞬間だ。
やっている最中は「しんどい」「寝たい」と思っていたものだが、喉元を過ぎてみるともっと楽しめば良かったなァだなんて感想も出てきてしまう。
実際、しんどいはしんどいものの、やはり気の合う友人と普段しないことをするのは疲れよりも面白さが勝る場面が多い。
相変わらず、海辺での線香花火は難易度が高かった。手のひらで風を遮ったりしない限り、サッと吹く風に刈り取られてしまう。人生である。
花火の背後では、本島のホテルが煌々と光り輝いている。しかし、思ったよりも光っている窓が少ない。過疎化の波は観光地にまで及んでいるのか、多少人気がない方が思い出としての質は上がるよな……なんて失礼なことを考えながら、6人しかいない無人島から観光地を観察することができた。
眠れない夜・スコール・海
花火をひとしきり楽しんだ後、くたびれきった重い体を引き摺るようにしてテントで就寝準備を始める。運転係は重責と功績から専用のタープ型テントが割り当てられていたが、残りは二人と三人に分かれてテントを使うことになっていた。
が、ここで事件が起きる。私と友人Aのテントは元々窓を閉めていたからよかったものの、反対側のテントは開けっぱなしだったのか、内部に小型のゴキブリが侵入していたらしく大騒動に発展。急がば回れ、転ばぬ先の杖、南無阿弥陀仏……なんて私は余裕をかましていたが、自分も靴を出しっぱなしだったことに気がつき、慌てて中を確認してから取り込む。近くにムカデが這っていたのを確認していたので、間一髪。いわゆるヒヤリハットだ。他人の振り見てなんとやら。
そうして寝ようと思ったが、今度は蒸し暑すぎて眠れない。海の中にあるからか、温度が天候にとても左右されている感が高い。
1時間くらいは寝ようと努力していた末にスコールのような大雨が急に降り注ぎ始め、温度が多少落ち着いてきてくれたのが救い。私たちはそこでようやく眠りにつくことができた。
といっても慣れない無人島でそう深い眠りに入ることができるわけもなく、早朝にハッと目が覚めてしまう。
テントから少し顔を出してみると、友人Bが夜明け前の暗い海を眺めながら黄昏れているのが見えた。話を聞くと、どうやら重度の日焼けのせいで痛すぎて到底眠ることができなかったらしい。体質にもよるのだろうが、ラフな半袖半ズボンが最悪だったのだろう。無人島最大の脅威は必ずしも無人島内にあるわけでなかったようだ。
それから私は二度寝などをして、さらに一時間ほど経ったところでようやく日の出となった。
朝は柔らかい日差しで、かつ夜に降った雨のおかげか幾分か過ごしやすい温度になっていた気がする。
個人的には、この日の出のタイミングで撮影した桟橋の写真(記事冒頭)が今回のお気に入りだ。
帰りの漁船が来るのが少し早めだったため、一時間ほど写真や別件向けの映像撮影を終えたところで、撤収準備に取りかかる。テントを片付け、ゴミを分別し持ち帰られるようにして、荷物を今度は桟橋へ運ぶ。朝にかけた電話によると、潮の都合的に帰りの船の時間では桟橋の方が使えるということだった。いくら身軽になったとはいえ、重い荷物をまた長細い岩場の先端に置きに行くのは重労働に違いなかったから、これは素直に嬉しい誤算だった。
桟橋に荷物を運ぶ過程で、肝心の橋に小型のフナムシが一億匹くらい群れで生活をしていることが判明してしまったが、もう慣れるしかないという結論に至った。荷物に引っ付かないよう気を遣いつつ13、テントやらバッグ、ゴミ袋まで全てを橋へと運び込む。程なくして帰りの漁船がやってきて、それで我々はこの島を後にすることになった。滞在時間はトータルおおよそ21時間ほど。
無人島帰りの銭湯の気持ちよさ
無人島生活を終えて、友人ら全員で最寄りの銭湯で汗と潮を流したのだが、疲れが湯船に溶け出すような感覚で最高だった。無人島帰りにはぜひオススメしたい。
ただし、日焼けしている部位は痛むので覚悟が必要。重度の日焼けのせいで夜眠れなかった友人は、銭湯もシャワーだけで済ませていた14。
学び・まとめ
正直、オチも何もない記事ではある。が、テレビの向こう側だった話を実際に体験できたというのは一定のインパクトがあった。
あえて学びとまとめを述べると以下のようなものだろうか。
- 無人島が疲れるのは本当である。特に晴れの時の直射日光が本当にまずい(敵は無人島内にあらず)。長袖長ズボンにするか、日焼け止めを念入りに練り込んでから参加するのが良いだろう。
- 漁船の船長曰く、2泊3日予定で入った家族が熱中症になってしまい、1泊で急遽引き返してきたケースもあったとのこと。水分持ち込みも含め、夏場は特に注意が必要。
- 太陽光、本当に舐めてはいけない。3週間くらいずっと脱皮する羽目になった私が言うのだから間違いない。
- 無人島といえばドラム缶風呂などイメージしがちだが、普通に過ごしていたら準備する気力・体力が足りなくなるだろう。やりたい場合は体力温存を視野に入れて計画を。
- こと無人島のレンタルにおいては、厳密な「無人」にはならない。島に依るのかもしれないが、朝は誰彼構わずやたら上陸してくるので注意(そして、それを止めるほどの権利がこちらにあるかは怪しい)。大半の方はSUPやボートなどで、休憩のために立ち寄っていそうな感じだった。お互い様の精神で。
- 良い感じに無人感のある映像を撮りたい場合、時間帯や撮影場所は良い感じに選ぶ必要があるのかもしれない。
- ちなみに夕方以降は人がいない。海で過ごす人の時間サイクルは、陸上のそれよりもかなり早めらしい。
- 良い感じに無人感のある映像を撮りたい場合、時間帯や撮影場所は良い感じに選ぶ必要があるのかもしれない。
- 無人島とて電波入りがち。それくらい、現代社会において電波がカバーしない部分はなかなかないということだ。
- 体調不良など緊急連絡をどうするのかを考えると、これはまあ妥当だろう。
- 持ち込み時が一番しんどいので注意。漁船に同乗してくれる仲介業者の方などいれば、人によっては手伝いを打診したっていいかもしれない。
- 虫・フナムシは本当に多い。苦手な人は、無人島で数時間過ごすだけでも相当な覚悟を持つ必要があるため、要注意。
- また、今回我々は踏破していないが、島の内陸にある自然・木々の密集地帯には別の何かがいそうな気がする。くれぐれも注意されたし。
- トイレは災害用の簡易トイレを持ち込むと吉。無人島備え付けはアテにしない方がよい。
- テント・タープ・椅子は必須。テントやタープはともかく、椅子は全員分ないとつらい。
- 無人島は8割くらい幻想だが、2割は事実。人生、一度は体験しておくと損はない。
- 私は一度だけで満足かな……。
- 魚は言うほど釣れない可能性が高い。食料は水分と一緒に持ち込むが吉。釣るにしても、漁業権がある区画には注意。ちなみに我々の釣果は0である。
- 無人島帰りの銭湯は最高。強くオススメしたい。
今回の経験上、無人島自体は言うほど嘘でないということが分かった。ただ、番組では語られぬ言外の部分がそこそこあるだけなのである。
人生一度くらいは無人島を体験し「自分が考えた理想の無人島バラエティ番組との違いはどこか」を確かめておくのも、決して悪いことではないのかもしれない。
後述するが、無人島のような環境に放り出された場合、体調の悪化はほぼ免れない。 ↩︎
現代社会の日本において、誰も権利を有していない場所などあり得ない。 ↩︎
逆説的に、権利を金銭でやりとりできる資本主義社会だからこそ無人島『バラエティ』番組が製作できるのだということも、我々は理解しなければならない。 ↩︎
ちなみに、島内には仮設トイレが設置されていたものの、メンテナンスは到底行き届いていると言えなかった。無人島を幸せに過ごすには水・食料・テント寝具のほか、災害用の簡易トイレもあるのが望ましいだろう。 ↩︎
通称「海のゴキブリ」と呼ばれる虫。ゴキブリと違い大変な数が同時に群れて過ごしており、ゴキブリと違い、よくよく眺めると可愛げがある……気がする。無人島では確実に昼夜問わず相手をすることになるので、まあ、慣れる。ちなみに、無人島にも通常のゴキブリは生息していた。 ↩︎
といってもフナムシたちに罪はなく、悪いのは命名した人間側である。 ↩︎
どう考えても理由は明白で、当時のゴールデンタイム中にフナムシの大群を放映しようものなら、その頭数を超える量の抗議電話が殺到していただろう。ハイビジョン画質で映るフナムシの大群は、まあ、相当な気持ち悪さになると思う。 ↩︎
毛頭彼らを責めるつもりはない。ただ、バラエティ番組って大変なんだろうなというのを実感することはできた。船や釣り客などが映り込まないようにする人払いなど、やはりやっているんだろうか。人が寄りつかないような遠くの島でやればいいのかもしれないが……。 ↩︎
最新のサバイバルキッズ(Switch2版)には心底失望している。あれはゲームではなく技術プレビューだろう。 ↩︎
なお、私は何も考えずに半袖しか持ち込まなかった結果、火傷じみた重度の日焼けにより二、三週間近く脱皮が止まらなくなったという点だけお伝えしておく。 ↩︎
死語と言われる割にアイコンは未だバリ3なので、バリ3と言ってしまう。 ↩︎
私は渡辺真知子の「かもめが翔んだ日」を。カラオケに行くと大体歌いがち。 ↩︎
持ち帰って繁殖でも始まったら最悪である。 ↩︎
痛みのあまり、湯船に浸かることができなかったものと思われる。また、あまりに日焼け跡が赤すぎて他のお客さんに声をかけられたらしい。 ↩︎
















