二十三区の外側で

この短編は 百合SS Advent Calendar 2023 の 二十三日目向けに出すはずだったものです。三か月遅れて気が付けば春になっていたので、舞台設定も春です。

遅れて申し訳ありませんでした。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

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幕間、異国で

バス停からの山道を登って老街ラオジェに着いた頃には、もう陽が落ちてきていた。薄い霧に混じった小雨が、ベージュの半袖から飛び出した腕に何本かの線をつけて滴る。老街のあちこちにぶら下がる提灯は霧越しにぼんやりとした光を放っていて、きっと、晴れた日に見えるそれよりも幾分か綺麗だ……なんて思えるのは、私の心境のせいだろうか。つくづく、綺麗という感性は極めて主観的だなと思う。

つまるところ、人の認識というのは幻想だ。陽の位置や天気といった現象も、感覚器官の刺激を脳が処理して初めて認識される。極端なことを言えば、夜を明るいと感じる人にとっては毎日が白夜だろうし、雨好きにとっての豪雨は多数派にとっての快晴と同じ立ち位置なんだろう。それが客観的に正しいかどうかなんて、本人にとって極めてどうでもいいことだから。

よって、隣で年甲斐もなくはしゃいでいる友人――一緒に海外旅行にまで来たリンとカナにモヤモヤとした感情を抱いてしまうのも、私が私である以上は仕方がないことなんだと思う。嫌いになったとか退屈とかそういうものじゃなくて、とにかくこう、言語化できず掴みどころのない不快感だけが認識にあるというか。言うなれば、絡みついて離れない粘っこい霧のような。

「めっちゃええ街やん!」

リンは感嘆の声を漏らしながら、ミラーレス一眼でしきりに建物や人流を撮影している。肩出しのカットソーの彼女がカメラを振り回している一方、道の隅に立つカナはダボ袖を捲ってタバコに火をつけようとしていた。

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あるクマゼミへ、ごめんなさい

あるクマゼミへ、ごめんなさい あるクマゼミに対して懺悔をしようと思う。 前置き。 幼い頃のトラウマがあって、私はセミの死骸を触ることができない1。 [Read More]

正月

正月


年末になると、暖冬と呼ばれていたのが嘘であるかのように思えてきた。

少しくらい薄着でもいいか、と思えたのはたった一週間前のことだ。それがたった数日で、朝晩着替えるのが億劫になるほどの寒さに変貌したのだから、今年の気候のバイタリティは大したものである。

寒いのは、何も人間だけではない。モフモフの毛皮を持つ動物、我が家が誇る老犬も漏れなく対象だ。
そしてこの犬、人間の年齢に換算すれば我が家庭内での長老になることは間違いない老犬なだけあって、足腰が弱りボケも入る、果ては座ることもままならず、北風が吹けばそれに合わせてふわりふらりと揺れる有様。
水や餌も地面に置いたままではなく、わざわざ口元まで持っていかねば摂ることもできない。おまけに夕飯はブルブルと寒そうに震えながら食べるものだから、不憫に思った父が食事後に犬用の毛布をかけてやっていた。
毛布は好評のようで、くるまって寝る姿をよく見かけるようになった。老犬と言えどもその姿は可愛らしいものである。

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ギブアンドテイク

ギブアンドテイク


今日も夜の帳が降りた。

スポットライトは憂鬱と共に海の向こうに沈み、寂しく黄昏を見つめていた人々は、とぐろを巻く夜の闇へと静かに飲まれていく。
……と、書いたところで、思わず笑ってしまう。

ほのかな不安を抱えながら起床して、昼間は努めて真面目に生きて、夕方にはほとほと疲れ切って。
そうして、夜はパジャマ姿でマグカップ片手に一日を回想して――ああ、日中はなんであんな無駄に真剣になっていたのだろう、なんて考えてクスクスと笑う。
それが夜だ。少なくとも、私にとっては。

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バイバイのノイズ

バイバイのノイズ


時間は十九時を回った。明かりのない車内は薄暗い。
明滅する黄色や赤の看板たち、車のヘッドライト、街灯、その他雑多な光源が、フロントガラスを巡っては消えてゆく。
合計で十時間以上走った運転もいよいよラストスパートで、残るは本旅行のヒロイン――助手席にいる彼女を家へと送り届けるだけだ。

車内のスピーカーからは、彼女のiPhoneからBluetooth経由で送信される、恋愛至上主義の音楽が次々に流れていく。
よくもまあ、こんなにも恋や愛、好きだの忘れられないだのと歌う曲を聴き続けられるな、と呆れ半分感心半分であった。

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